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ベトナム 古都フエ へ (1)




2010/05/29 release


ベトナムの古都 フエ Hue へ (1)
【エピソード 02】  2010/01/13 (水)  9日目 Episode_01

 今日は飛行機を利用してフエ Hue に向かう。 当初からの予定の行動である。 また、例によって、eチケットは日本で入手済みである。

 ベトナムは南北に細長い国だ。 ハノイは、その北部にあり、それに対して今回訪れるフエの町は中部にある。 かってのサイゴン (現在ホーチミン) は南部という位置関係になろう。

 ハノイからの移動手段は、飛行機、列車、バスなどがあるが飛行機を利用したのは、時間の節約という意味もあるが、インターネットで航空券の手配が容易にできるということもあった。


ベトナム航空 Vietnam Airlines VN245便
 ハノイ Hanoi 発 2010/01/13, 12:50 --- フエ Hue 着 13:40 という約一時間ほどのフライトである。

 cf. ホテル到着予定は午前2時











宿替え
  インターネットフリーのパソコン(奥)
サンシャイン パレス ホテル
Sunshine Palace Hotel
2010/01/23 Photo by Kohyuh>

 実は、このジア ティン ホテル Gia Thinh Hotel, Ha Noi に、また帰ってくるかどうか決める必要があった。

 遠出するのに不要な荷物を、帰ってくるまでキープしてもらう必要があるからだ。 もし、部屋を予約していれば、快くOKしてくれる筈だ。



 この宿替えのことを初めから予定に組み込んでいなかったのには訳がある。

 ジア ティン ホテルと同じ系列 (サンシャイン ホテル グループ) で、新しいサンシャイン パレス ホテル Sunshine Palace Hotel というのが近くにあることを知っていたからだ。


 大したメリットがなければ、宿替えは意味がない。 むしろ、連泊する方が手間がかからないし、サービス向上にも繋がるかもしれない。

 cf. レイト・チェックアウト・サービス






 ・・・ それを現地で良し悪しを確認してから決めようと ・・・ そういう魂胆があったのだ。 何しろ、New Open ということでプロモーション価格が設定されていた。 この場合、同レベルの部屋で比較すれば、こちらの方が断然安くなる。


 ・・・ という訳で昨日、サンシャイン パレス ホテルへ行って見ると、運よく部屋が空いていた。 また、部屋を見せてもらうと新しいだけあって申し分なかった。

 それで、宿替えの話をしたところ、系列会社だから全く問題ないとのことである。 向こうのスタッフにも話しておくという。








商売上手
ホテルと旅行会社のダブルネーム
 このジア ティン ホテルには旅行会社も入っていた。 これは、まぁ、どこでもそういったデスクがあったり、コンシェルジュがその役目を果たしたりしているのだが ・・・


 初日の朝、ロビーに出るとデスクが置かれていて、いかにもお似合いのお兄さんが、旧知のように、にこやかに挨拶してくれた。

 ・・・ 直ぐにわかった。 間髪をいれずに、メールのやり取りをしてくれたのは、この人だったのだ。

 その後、ハロン湾へのツアーを検討することになったのだが ・・・ その話は別途するとして ・・・ お世話になったという負い目があったので、そのまま契約を進めた次第である。







 本当は、街に出れば、それこそ数えきれないほどの旅行会社があるので、それを一つ一つ比較検討してみたかったのだ。

 でも、商売でも、人付き合いでも何でも、こういうものだろう。 損得勘定だけではないものがある。 また、『情けは人の為ならず』 という言葉もある。










空港送迎は専売特許
 宿替えの話は、この人にも伝わっていた。 空港へはどうして行くのかと聞いてきたから、『明朝、荷物を預けにサンシャイン パレスに行くから、そのとき、向こうのホテルから呼んでもらいます』 と答えた。

 すると、空港へはホテルの送迎車を使うことのなっている。 サンシャイン パレスは系列会社だから結局こちらに電話が入ってくるだけだ。 だから今、ここで受け付けてもまったく問題ないという。


 要するに送迎車を保有しているということは、その回転率を上げるというのは経営の方針であろう。 また、長距離だから、タクシーを呼ぶより会社のためにも利益が出るだろう。


 それがわかるからこそ、これからお世話になるサンシャイン パレスに頼みたいのである。 例え系列会社でも独立採算制を取っていれば、利用数に応じた営業成績として各社に配分されると思うのだった。


 向こうのスタッフにも親切にしていただいたし、それが筋だろうと、かけあって見たのだが残念ながら通じなかった。




 彼は、『ここから送迎車に荷物を乗せてサンシャイン パレスに向かい、そこで預ける荷物を降ろして、そのまま空港へ行けばよい』 と提案してきた。 なるほど、これはこれで理屈に合っているので納得した次第である。










話が違う
 今朝は 6時に起きて身支度した。 7: 20頃になって朝食を摂りに階下に下りたら、ロビーには電気がついていなかった。 あれっと思ったが、ここは団体さんが泊まるようなホテルではない。 早や立ちするような人たちはいないのだろう。

 薄暗い食堂を覗いてみると厨房では人の気配がした。 『どうぞ ・・・ 』 という声が聞こえた。 あらかた準備は整っていたようだった。

 東南アジアの旅で嬉しいのはフルーツだ。 一番乗りなので手つかずのものは余計に新鮮に見える。 スイカ、パパイア、パイナップルとたくさん食べたが、一番うまかった気がする。



 9: 30前にはチェックアウトを済ませた。 そろそろ車が迎えに来るだろうと待っていたら ・・・ 昨日のサンシャイン パレスで会ったお兄さんが来て 『さぁ、行きましょうか』 といって荷物を引いていくではないか。

 こういった手間をかけたくないから ・・・ 旅行会社のお兄さんの話に乗ったのだ ・・・ そうでないのなら自分で引いて行ったのに ・・・ と約束違反に気分を害していた。

 それが、おもてに出てみると、もう道路にはバイクが走り回っていたのだった。 ・・・ とても、自分たちだけでは行けないだろうと思うと、心が和らいでくるのは仕方がない。


 旅行会社のお兄さんは、車の手配がバッティングしていたのか、かといって、私たちを放って置くことはできないから、人を遣わせたのだろう。

 または、だいたい車が走れるような道ではない、『迎えに行った方が早いわ』 『お前、なに考えとんねん ・・・ 』 と、みんなから馬鹿にされたかもしれない。








隣の席は元米兵
 座席は 3列だった。 元より指定席ではない。 割り当てられた席に文句を言うような人は、この格安航空機には乗ってはいまい。 他に便があるのかどうかは知らないが ・・・ ほぼ満席であった。

 本来なら通路側を希望するのだが窓側になった。 まぁ、1時間ほどだからトイレに立つということもないだろう。 通路側にはアラバマから来たという、私と同年配ぐらいの男だった。 四五人のグループのようだ。



 ・・・聞くと、ベトナム戦争当時は爆弾処理にいたという。 当時の爆弾処理班がどのような職務なのかは、映画 「ハート・ロッカー」 を観て知っていたので 『大変な仕事でしたね。 映画を観ましたよ』 と応じると

 ・・・ 『なぁに、私は命じる方だから関係なかった』 などと軽いのだ。 かっての激戦地だったダナンにも行くというのに ・・・






ハート・ロッカー
 映画 「ハート・ロッカー」 の中で知った爆弾処理の仕事は、防護服に身を固めて不発弾の信管を抜き取る作業に当たるものだ。

 爆弾の方も、そうたやすく信管を抜き取られるような単純な構造にはなっていない。 一歩間違えば、防護服をまとっているとはいえ命の保障はない。 ましてやそれが仕掛けられた時限爆弾ともなると、否が応でも緊張する。

 極度な緊張を強いられる様子が見る方にも伝わってくる。 一方、主人公は 『防護服は邪魔くせー』、『こんなもの着てては、出来ることもできなくなる ・・・ 』 といって脱ぎ捨ててしまうほどの豪胆な男だった。


 あとでわかってくるのだが、無事に任務を務め終えて帰国することができたのだが ・・・ 緊張感をまったく伴わない日常生活そのものが、彼には耐えられなくなってくるのだった。

 そして、再び志願して、戦場に戻っていくのである。 そこには、恐怖というトラウマはまったくないのだが ・・・ それと裏腹に、もはや彼は、戦場でしか生きていけないという心の傷 (トラウマ) を負っていたのだった。





泊まる宿は五つ星
 彼は、今夜は 『貴方たちはどこに泊まるのか』 と聞いてきた。 世界的には知名度が低くかろう三ツ星ホテルの名を言ってもわかる筈がない。 それに付け加えて 『三ツ星です』 と答えたものだった。

 彼は、むしろ聞いて欲しかったのかも知れない。 その期待に応えて、『貴方はどちらのホテルですか』 と聞くのが礼儀だろう。

 もう忘れたが、有名なリゾートホテルで 『何とかホテル』 といったあと、『五つ星だが、料金は三ツ星だ』 といって大笑いした。 どこそこから補助があるから ・・・ という、お気軽な旅のようであった。

 ベトナムには意外に米国からの観光客が多い。 また、民間レベルではかなりの援助もしているようで、植林や動物保護施設など、米国援助によるものというプレートもよく見かけた。

 かっての敵どうしが、こんなに仲良く行き来できるようになれるのに ・・・ どうして目を覆いたくなるような戦いをしてきたのだろうか。






戦争を起こさせない法律
 どこかで読んだか聞いたのだが ・・・ 戦争ができないようにする法律は、理論上は簡単に作ることができるという。


誰だったか知らないが、いわく
 『戦争を決定しようとする者、または、決定した者は、家族並びに一族郎党とともに、最前線におもむき、身を持って敵と相い戦う範を国民に示す義務を有するものとする』

 要するに、戦争というものは、かなり個人的な感情や利害から引き起こされるのではなかろうか、という洞察から導き出されたものであろう。

cf. 意思表示
cf. 時代は変わりつつある





つづく
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