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バリーキャッスル (4)




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 2009/10/03
ケンマラ・ハウス Kenmara House (4) 戻るHome

2009年 6月 13日(土)

Tunnel
トンネルのある道
2009/06/13 Photo by Kohyuh

 M子さんと別れたあとの、帰り道のドライブは気が楽であった。 約束の時間を気にすることもなければ、また、"大きな門と大きな木" といった漠然とした目標物を探す必要もない。


 写真右のトンネルは、彼女の夫のご先祖様が、その領地間を行き来しやすいように造られたようである。









 左側は山で、右側は腰の高さほどの堤防が続いている海岸沿いの道を行く、景色を楽しみながらのドライブであった。










 この辺りは、コーズウェー海岸 のような断崖の道ではない。 海岸を見れば、砂浜は少なく、眼の高さに岩がゴロゴロした磯があり、その向こうに海が広がっている。 さらに、その向こうに薄っすらと見えるのはスコットランド Scotlandに違いない。



スコットランド Scotland
 グレートブリテン島 Great Britain の北部を占め、イングランド England、ウェールズ Wales などと共に "連合王国 the United Kingdom" を構成する; 1707年に England と合併するまでは独立国であった; 首都 Edinburgh; 略 Scot.
 by New College English-Japanese Dictionary, 6th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1967,1994,1998


英国
 "英国" という呼称より、"イギリス" という方が一般的であるように思うが、ちなみに、"外務省の呼称" では "英国" である。 イギリスという呼称では、イングランドという一地方だけを想起してしまうからだろう。

 グレートブリテン島は、イングランド地方だけでなく、スコットランド地方やウェールズ地方があり、かって、それぞれが王国であったものが連合して、一つの国として成り立っているということに配慮したものであろう。


 連合王国を構成している国々が、かっては王国だったとしても、現在も、それぞれが王国であるとは限らない。 英国にしても、王は、エリザベス 2世 (Elizabeth II, Elizabeth Alexandra Mary Windsor) 唯一人である。



 そして、英国という国は、これら三つの地方(独自の議会と政府を持つ自治国的なもの)から成る "グレートブリテン" と、北アイルランド Northern Ireland から構成されるのである。

英国の正式名は、
 「グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国
  the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」
(略称 UK) である。












§ マルコニーのこと
 宿に帰り着くと、アーニーさんが出迎えてくれた。 お陰さまで、M子さんに、無事逢えたことを報告した。 また、フェア岬 からは、「私たちがアーニーさんに手を振っていたのが見えましたか?」 などと、冗談をいったりした。

 そして、明日の朝食はフェリーの都合もあって、原則は9時のところ、8:45 にして欲しいとお願いした。 もちろん、こころよく了解してくれた。




 こうして、会話が続くと、話がしやすい。 私は、『昨晩、バスルームにあったマルコニーの話を読みました』 と切り出して、『私は、かって、エンジニアだったから、マルコニーのことはよく知っています。 彼が実験に成功したあの部屋に、私は立っていたんですね。 心打たれました』 と一気にアーニーさんに伝えた。

 アーニーさんは 『そうか』 というなり、私の腕をとって玄関のところへ連れてきた。 そして、壁に掛けてある額縁を指して、『私はパイロットだった。 そのときのものだ。 チリーにも行ったよ』 といった。 見れば、免許証のようなものと、肩章のようなものが飾ってあった。


 そして、今になって気がついたのであるが、チリーといえば、フォークランド戦争で英国がアルゼンチンに勝利したことがあった。 それに関係していたのではないかと思うのである。



フォークランド戦争
 フォークランド諸島 Falkland Islands (イギリス領)の領有を巡り、イギリスとアルゼンチンの間で 3ヶ月にわたって両軍が衝突したが、最終的にはアルゼンチン軍が降伏した。 1982年のことで、サッチャー首相の時代である。




 そして、その横の部屋に案内された。 その部屋は、私は初めて入ったのだが、泊り客がくつろげるような談話室になっているのだろうか、立派な暖炉があり、壁にはいろんな写真や絵が飾られていた。



 このホテルにマルコニーは泊まっていたんだ、とか、これがあの パブ だとか、矢継ぎ早に説明してくれたが、どれも見覚えがる。 街並みは、さほど変わっていないようである。



 最近、調べてみると、30m ほどの高さのアンテナを庭に立てたり、その場所を変えたりしながら、このケンマラ・ハウスで奮闘していたようである。 すんなり成功した訳ではない。

 また、ここは、その実験場であり、緊張感をもって、多くの人が出入りしていたのだろう。




 M子さんにこの話をしたとき、マルコニーのことは、ご存じなかった。 アーニさんが、その後、こつこつ調べたのであろう。 この地で、実験に成功したことは分っていたのだが、どれも曖昧なままであった。


 現に、そのマルコニーの記念碑も、私は気づかなかったが、港やこの近くにもあるようだ。 そうした中で、アーニーさんは郷土史を調べ直した結果、その事実関係が明らかになってきたのだろう。 そして、彼自身も驚き、また、興奮もしていったことだろう。


 調べれば調べるほど、このケンマラ・ハウスしか、全ての史実に合致するところはなかったに違いない。 当時のマルコニーは、既に無線電信で名声を得ていたから、財力もあった筈である。 この一等地を使わない訳がない。









§ 最後の夜は雨だった
 夕食に出かける頃になって雨が降り出した。 雷が鳴り出したし、更には、本降りになりそうな雲行きである。 傘はあるのだが、どうしても歩く気にはなれなかった。 車で出かけたが、今日は土曜日ということで、いつになく人出が多そうである。


 港のホテルは満員で入れなかった。 また、他のもう一軒を訪ねるが、そこも満員だった。 パブ ならあるのだが食事は出来ないようである。

 また、中華や フィッシュ・アンド・チップス の店もあるのだが、テークアウト takeout だけであった。



テークアウト takeout
 持ち帰り用の食物[飲み物]
 または、"takeaway" ともいう。
 by New College English-Japanese Dictionary, 6th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1967,1994,1998





 こうなると、昨晩の "Central Wine Bar" しかない。 もちろん、ここが悪いから後回しにしたのではない。 この町一番の繁華街では、駐車場に入れない可能性があるからだ。





《レストランはどこも満席》
Ballycastle in the night
Ballycastle_town_20090613
雨の夜 バリーキャッスル
Ballycastle, Northern Irelamd
2009/06/13 Photo by Kohyuh


 予想どうり The Diamond は混雑していた。

 ロータリーの一部が駐車場になっていて、10台ほどは停められる。


 ここからはレストランも近いので最適な場所だが、だれもがそう思っているだろう。






 どうしたものかと、きょろきょろしていたら、ちょうどうまい具合にスペースが空いた。

 それが ・・・ 車を停めることができたのはいいが、雨がひどくなってきた。 普段なら、まだまだ、空は明るいはずなのに、真夜中のような暗さである。 その上、雷も鳴っているし、外に出られないのである。








パブ で待つ
 駐車場で一時間ほど待っただろうか。 雨が小降りになったので、辛抱できずに飛び出した。 レストランに駆け込んでみると、やはり満員だ、とのこと。


 何しろ土曜日だから、家族連れや友人同士なんだろう、昨日の雰囲気とは違って、賑やかな話し声が聞こえてくる。




 応対に出てきた係りの女性は、『パブ で待っていただけるのなら、席が空き次第、ご案内します』 という。

 ここまできて、もう帰るわけにはいかない。 一階にある パブ の方はがらがらだった。 ここで、待つといっても、ただ席に座っているというわけにはいかない。 仕方なく、ギネスを注文したのだった。


 私は、自慢ではないが、酒の肴なしではアルコールは飲めない性質 たち である。 かといって、それを注文すれば、レストランに来た意味がなくなる。 厳しく食事制限がなされている身であるから、両方というわけにはいかないからだ。






本当かな?
 ここでまた、一時間ほど待ったが、音沙汰がない。 二階に上がって様子を見にいくと、空き席が散見できた。 また、テーブルクロスを掛け替えたりしている姿もあった。

 おかしいなぁーと思って、その人に、パブ で待てといわれたから待っていたのですが ・・・ と切り出すと、『この席を準備していますから、もうちょっと待ってください』 といわれた。

 そういえば、見た顔である。 さっき、パブ で待てといった女性だった。 本当かな? ただ、忘れていただけではなかろうか ・・・








《ライブが始まった》
 食事も終わる頃になると、更に空席が目立つようになった。 パブ でライブが始まるようである。 どうやら、みなさん、そちらに移動しているようだった。




Live
Ballycastle_live2_20090613
"Central Wine Bar" のライブ バリーキャッスル
Ballycastle, Northern Irelamd
2009/06/13 Photo by Kohyuh


 明日はラスリン島に渡るので、荷物の整理もあり、早く帰りたい気持ちはあるのだが、ライブと聞いてはやめられない。

 もう、22:30 を過ぎていた。


 またもや一階の パブ に戻ってみると、超満員になっていた。









 アコースティックギターと、エレキギターを持った二人組みの演奏だった。 この構成を見ただけで、いわゆるアイリッシュではない。 よくあるライブ風景ではあったが、数曲聞いただけで帰ることにした。

 きのう出逢った中国の若者の姿を見かけたが、四五人の仲間と一緒にいたので、声を掛けずに出た。








 思えば、たまたま宿泊することになった、このバリーキャッスルの町で、かくも多くの忘れがたい出逢いがあった。



たった、一日半の出来事とは思えない。
そして、その全てが、今、思い出となった。
・・・ いつでも、再会できるという希望だけを残して ・・・







ケンマラ・ハウス Kenmara House (4)
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