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バリーキャッスル Ballycastle (2)




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 2009/09/19
ケンマラ・ハウス Kenmara House (2) 戻る次へ

2009年 6月 12日(金)

 アーニーさんの B&B (Kenmara House) に 2泊することになったのも、たまたま、ラスリン島 Rathlin Island へ渡るフェリーの予約が取れなかったからだが、これも、また、何かのご縁だろう。

 cf. ケンマラ・ハウス Kenmara House (1)




 そういう分けで、車から荷物を降ろし、2階の部屋に運び入れた。 階段の幅も広くて運びやすかった。 こういったことも、B&B を選ぶ一つの条件になる。


 B&B の場合、エレベータがあるようなところは、まず、ないだろう。 三階建てというのは、ときどきあるが、優先順位は下がる。 往々にして、階段も狭いから荷物をもって上がるのに苦労するからだ。




 一息ついたあと、今日、素通りしてきた ジャイアンツ・コーズウェイ Giant's Causeway 方面へ戻ることにした。 2009年 6月 12日(金)の昼過ぎのことだった。









§ ジャイアンツ・コーズウェイ Giant's Causeway へ
 ジャイアンツ・コーズウェイ Giant's Causeway へ戻ることにしたといったが、それには理由がある。 というのも、昨晩の宿泊地は、ブッシュミルズ Bushmills の近くだったから、ジャイアンツ・コーズウェイは目と鼻の先であり、フェリー乗り場のあるバリーキャッスル Ballycastle は、さらにその先にある。


 コース的には、ブッシュミルズ → ジャイアンツ・コーズウェイキャリック・ア・リード → バリーキャッスル → ラスリン島の順が一筆書きとなって都合がよいのである。


 ところが、ラスリン島に渡るフェリーが予約必須と書いてあったから、先に、バリーキャッスルに行って予約を済ませたあと、また、戻ってくれば良いと考えた。


 即ち、ブッシュミルズ → 「バリーキャッスル」 → キャリック・ア・リードジャイアンツ・コーズウェイ → そして再び、バリーキャッスル → ラスリン島 という具合である。




 とにかく、予約が取れなければ元も子もない。 最優先で駆けつけて来た次第だった。 その結果が、2日の足止めを食うはめになったのだから、世の中、思い通りには行かないものだ。

 ところが、それがあったからこそ ケンマラ・ハウスとの出逢い に繋がり、また、今はまだ知らない、予期せぬ新しい出逢いへと導かれていくから、世の中、捨てたものでもない。




 何しろ、午前中は、フェリーの予約で手間取ったため、出発は昼過ぎになってしまった。 それでも宿が決まっているということが、時間的な束縛からは開放されて、気は楽である。





裏技?
 アーニーさんに、これから キャリック・ア・リード から、ジャイアンツ・コーズウェイへ行くと伝えたら、大きな地図を持ち出してきて、そのルートを教えてくれた。

 それに付加えて、ジャイアンツ・コーズウェイは入場料は要らないが、とにかく駐車場が高い。 それが、ここにあるホテルに停めて行けばタダだといって、その場所も教えてくれた。 そして、その使い古してぼろぼろになった地図まで貸してくれたのである。


 なるほど、地元の人は違う。 という私も、何度かこの手を使ったことがあるのだが、気が小さいため、そこで食事を摂ったり、要らぬ物を買ってみたりするのである。 とても、タダという訳には行かなかった。



 結局、この裏技を使ったのだが、タダと言うわけにはいかなかった。 今回もホテルのレストランに入って、コーヒーとスナックを注文した。 要するに根性なしである。








世界遺産  ジャイアンツ・コーズウェイ Giant's Causeway
 ジャイアンツ・コーズウェイ Giant's Causewa は、世界遺産にも登録され、また、ナショナルトラスト によって管理・運営されている。




世界遺産の名前 地区 種別 登録年
ジャイアンツ・コーズウェーと
コーズウェー海岸
Giant's Causeway and Causeway Coast
北アイルランド 自然遺産 1986年

【注】 10項目ある基準の内、以下の二つを満たしているとして登録された。
 (7) ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。
 (8) 地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。
 これには生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。



【補注】
① "ジャイアンツ・コーズウェー Giant's Causeway" は、石柱群があるところ。
② "コーズウェー海岸 Causeway Coast" は、ポートラッシュ Portrush から、バリーキャッスル Ballycastle にいたる海岸全体のことである。 その間に、これから行く ジャイアンツ・コーズウェーがあり、今日、先に立ち寄った キャリック・ア・リード があるのである。

 広くて整備された断崖沿いを走るこの道は、所々に見晴台が設けられてあり、そこからの眺めは特に美しい。 どこまでも続く断崖に寄り添うようにして、今は廃墟となった古城が見えたりする。

 また、自動車道路とは別に、それこそ海岸沿いの遊歩道 Causeway Coast Wayが端から端まで整備されている。






Dunluce Castle, Causeway Coast Way
Dunlucecastle_20090611
ダンルース城跡 コーズウェー海岸 北アイルランド
Dunluce Castle, Causeway Coast, Northern Irelamd 2009/06/11 Photo by Kohyuh








White Park Bay, Causeway Coast Way
Whiteparkbay_west Whiteparkbay_east
ホワイト・パーク・ベイ (西)
White Park Bay West
ホワイト・パーク・ベイ (東)
White Park Bay East
コーズウェー海岸 北アイルランド
Causeway Coast, Northern Irelamd 2009/06/12 Photo by Kohyuh








根性なし?
 この駐車場からは、石柱群のあるところまでバスがあるというから、相当の距離があるのだろう。 ただ、そのようなものに乗っていては "鳥紀行" の名が恥じる。

 船に乗っての鳥観 とりみ は仕方がないが、バスでは話にならない。 それが ・・・ さすがの私も、帰りはバスに乗ってしまった。 もう、十分歩いたからである。

 それに、往路では、鳥もいろいろ観たから、それ以上は、復路で期待出来ない、と都合の良い解釈をしたものだった。 本当は、帰り道は、逆に、崖の上まで上って行かなければならないからであった。






火山活動で生まれた石柱群
Causeway1_20090612
石柱群 2009/06/12 Photo by Kohyuh


 このような石柱は、むかし、城崎温泉へ行ったときに玄武洞で見たことがある。

 わざわざ船に乗って観に行った記憶があるが、がっかりした。 規模が思ったより小さかったのである。






 それが、ここは違った。 確か、4万柱もあるといっていたから、想像を超えたものであった。

 ただ、数の多さだけではない、石柱の一本一本の太さが違う。 人が腰掛けるのに丁度よい大きさとでもいえばいいかも知れない。











Causeway2_20090612
石柱群 2009/06/12 Photo by Kohyuh



 この石柱群に辿る道はかなり長いのであるが、道すがら ・・・


 あれが "ラクダ" に見えるだろうとか、これが "願いの椅子" だとか、案内のパンフレットに書いてある。









ちなみに、それは
 1. the Camel ラクダ
 2. the Granny おばあちゃん
 3. the Wishing Chair 願いの椅子
 4. the Chimney Tops 煙突の先
 5. the Giant's Boot 巨人の靴
 6. the Organ オルガン
である。


 いま思えば、一つ一つ、証拠写真を撮っておけばよかった。









§ "Central Wine Bar" という名のレストラン
 午後6時ごろ宿に帰り着いた。 アーニーさんがいて、『楽しかったか?』 と聞いてくれた。 そろそろ夕食時である。 彼にお勧めのレストランを聞いた。
 
 
 

 お店の名前は、"Central Wine Bar" という。 バリーキャッスル Ballycastle で一番古いといっていた。 その場所を、ジャイアンツ・コーズウェイ Giant's Causeway で貰ってきたバリーキャッスル Ballycastle の詳細な市街地図に、ルートを書いてもらった。

 少々疲れていたので、出窓から庭を眺めていたりして休んでいた。 そして、今やよしと、腰を上げたのが午後7時過ぎのことで、まだ、外は明るかった。






街まで歩いて
 その店は、バリーキャッスル Ballycastle の中心街にある。 歩いて15分ほどかかるが、車で行くのは、やぼというものだ。 街中では駐車場探しに苦労することが多々あるのである。 それに、ワイン・バーという名前を冠することを思えば、アルコール無しでは居づらかろう。 また、これまで、ギネス ばかりを通してきたが、たまにはワインもいいだろう。



 閑静な住宅街を通って行くのだが、帰りは淋しいところかもしれない。 何しろ、人影がないのである。 それに日が暮れているだろう。 自慢ではないが、私は怖がりである。

 ただ、一本道を行くようなもので、方向音痴の私でも迷うことはなさそうである。 それに、バリーキャッスル Ballycastle の詳細な市街地図も持っている。 その地図には、アーニーさんがワイン・バーまでの歩くルートを記入してくれている。











The Boyd Church
Ballycastle_towncenter_20090613
三位一体教会
Holy Trinity Cgurch, Ballycastle, Northern Irelamd
2009/06/12 Photo by Kohyuh


 坂道を下り降りた辺りから住宅街ではなくなり、街の様相になってきた。

 市街図から、それと分かる三位一体教会 (別名 The Boyd Church) が目に入る。 ならば、その横に見えるのが オコナー記念碑 だろう。












 キリスト教の国々を訪れると、この "三位一体 Trinity" という言葉がよく出てくる。 それは、このように教会だったり、また、像だったり、絵画だったりする。

 また、アイルランドの首都、ダブリン Dublin には、"Trinity College" という有名な大学がある。 これも、直訳すれば "三位一体大学" ということだろう。

 それに、これほど観光客が訪れる大学も、また、世界に例を見ないのではなかろうか。 "ケルトの書" の展示や "Long Room" には感銘を受けた。




 どうやらこの辺りが "The Diamond" と呼ばれている街の中心らしい。 ここで、石畳の道路が複雑に交差している。

 ここから四方五方に延びる道路の両側に、カラフルな装いの店舗が立ち並ぶが、もちろん、大都会といった規模でないことは、ここに立って一目見れば直ぐ分かることだ。





三位一体
 〔キリスト教で〕
  ・父なる神〔=天帝〕
  ・子なる神〔=キリスト〕
  ・聖霊
 元来一体のものであるという説。
 または、三つのものが一つになる(心を合わせる)こと。

 by Shin Meikai Kokugo Dictionary, 5th edition (C) Sanseido Co., Ltd. 1972,1974,1981,1989,1997









The Diamond
Towncenter_ballycastle_20090613
"The Diamond" の中央に立つ "オコナー記念碑"
The O'connor Monument, Ballycastle, Northern Irelamd
 2009/06/12 Photo by Kohyuh











セントラル・ワイン・バー Central Wine Bar
Central Wine Bar
Ballycastle_centralbar_20090613
セントラル・ワイン・バー (レストラン)
Central Wine Bar, Ballycastle, Northern Irelamd
2009/06/12 Photo by Kohyuh

 "Central Wine Bar" は直ぐ見つかった。

 入口を入ると、店構え(間口)は大きくはないが、入ると、中は奥行きがあり、かなり広い。

 待っていると店員が来て、食事ならば2階に上がるようにいわれた。 左側に階段があった。









 店員が来たので、指を "Vの字" にして、二人ですというサインを送った。 すると、しばらくここで待つようにといって、姿を消した。

 すでに、満席のようだったが、また、すぐに彼が戻ってきて、席に案内された。 かなり奥の方の席だったがムードは悪くない。 直ぐ横後ろには、階下に通じる階段があった。
 










新たな出逢い
 サーロイン・ステーキとスープ(パンが添えてある)をそれぞれに、他に、ガーリックポテトが一皿、カリフラワーにニンジンの炒め物が添えたものが一皿が出てきた。

 まぁ、メニューを見て、そのように注文したつもりだが、何が出てくるか分からないものだ。 英語圏でなければ、それこそ当たりも外れも運任せだが、例え英語圏でも、料理の名前だけでは分らないものである。 いや、それは日本語でも同じかもしれない。





 まずは、久しぶりの白ワイン(ハウスワイン)で乾杯した。 料理も丁度よいボリュームであった。 今日のめまぐるしいほどの出来事を思い出しながら食べていると、横の階段から四人づれのご婦人方が向かいの席に着いた。


 その内の一人が日本の方と分り、家内が会釈した。 旅行者でない様子は、彼女たちグループを見れば分かった。 すると、すぐに彼女の方から声をかけてきてくれた。

 『どちらから来られたの?』 と聞かれた。 京都から来たこと、ラスリン島へ行きたいのだが、ここで足止めを食っていることなど、手短に話した。

 すると、『私は、ここに来て、もう、35年になるかな。 それに、日本には何年も帰っていないのよ』 という。 なるほど、そうかもしれない。 発音が少し外国訛りになっている。




 『それで、いま、どこに泊まっているの?』 というから、「庭が広くて、そこからの景色が素晴らしい。 港やラスリン島が一望できる」 などと話していたら、『それって、アーニーのところじゃない?』 というから驚いた。


 『そうです。 そうです。 アーニーさんは、日本人は初めてだと言って喜んでくれました』
 『よくいうわね。 あの家だって、前は私がもってたのよ』 といって、仲間の女性の方を見たあと

 『この人の B&B も、アーニーの直ぐ近くよ』
 『それに、あの辺では、あそこが一番高いって、いってるわよ』 とまるで、アーニーさんのことを、自分の息子か誰かにいうように、ぼろくそである。

 要するに、よほどの親しい間柄でないと使わない言い回しであった。 しばらく話した後、『じゃぁ、また、あとで ・・・』 といって、また、彼女はテーブルに向き直った。






新しい風
 だいたい、今回の旅で日本人と出逢ったのは数えるほどであった。 それに比べて、中国の人など、ずいぶん多かった。 かって、日本が元気だった頃、多くの若者が海外に飛び出していったように。

 こういった状況は、なぜか、国の活力と比例するような気がしてならない。 現在の若者にとって厳しい社会情勢が、日本の将来に影響するのではないかと、心配になるのである。



 一方、数少ない日本人との出逢いといったが、そのほとんどが若い女性たちであった。 それが、また、何か新しい風を予感させる。


 世代の交代は遅々たるものだが、世界に目を向けた彼女たちがはぐくむ新しい風が、花の芽を運び、いつしか花開かせるに違いない。






 ワーキングホリデーで一年間働いたあと、帰国する前に、こうして旅して回っているという若いお嬢さんと キャリック・ア・リード で出逢った。 

 そして、また再び、ジャイアンツ・コーズウェービジターセンターでも出逢った。 そのとき、この "新しい風" を感じたのである。 本当に嬉しかった。 また、輝いて見えたのである。


 この思いが、ロンドンの地下鉄で歌っていた若い日本のお嬢さんとの出逢いに繋がっていったに違いない。



ワーキング・ホリデー Working Holiday
 二国間の協定に基づいて、青年(18歳~25歳または30歳)が異なった文化(相手国)の中で休暇を楽しみながら、その間の滞在資金を補うために一定の就労をすることを認める査証及び出入国管理上の特別な制度である。

 by Wikipedia








約束
 私たちの食事も終わり、いよいよお別れと、席を立って挨拶した。 すると、『あなた達、明日は暇なんでしょう。 よかったら、家に遊びにいらっしゃいよ』 といってくれた。 これは、まぁ、外交辞令のあいさつであろうから、どう答えていいものか口ごもっていた。



 『車なんでしょ。 だったら、いいわ。 何しろ、門を入って、1マイルもあるから ・・・』 というので吃驚したが、長い外国暮らしでは、日本人と話すことも少ないことだし、いい機会だと思って ・・・ 『ほんとにお邪魔していいんですか?』 と家内が聞いた。

 『いいわよ。 ただ、いま部屋を改装中でごちゃごちゃしてるけど ・・・』 といって、紙に道順を書いてくれた。

 『1時間ほどだと思うけど、アーニーがよく知っているから聞いたらいい』
 『また、来るときには、電話してね。 アーニーが知ってるから ・・・』
 『はい。 わかりました。 昼からになりますが、お邪魔させていただきます』 と挨拶して別れた。










アーニーさんとばったり
 偶然とは、こういうことをいうのだろう。 お店を出て、パブ でライブでもしていないかと、ぶらぶら歩いていたら、向こうからアーニーさんが歩いてきた。 『やー』 と手を振って、挨拶した。

 『いま、あのレストランで M子さんと会いましたよ。 あした、彼女のお家へ遊びに行く予定です。 彼女は、お友達三人と、まだ、食事している筈ですから、今ならきっと会えますよ』 といった。 彼は、いつもの笑顔で 『それはよかった』 といったが、行くとも行かないともいわなかった。


 『ところで、どこかいい パブ を教えてもらえませんか?』 というと、すぐに 『あそこがいい。 この街で一番古くからある』 といって指差した。

 まだ、午後8時半ごろのことだった。












§ "McDonnell" という名のパブ
McDonnell
Ballycastle_mcdonnell_20090613
パブ マクドネル
McDonnell, Ballycastle, Northern Irelamd
2009/06/12 Photo by Kohyuh
 アーニーさんと別れたその足で、教えて貰った パブ に入った。

 もう、午後8時半ごろというのだから、お客がいっぱいだろうと思っていた。

 ところが、カウンターには、私と同年輩とおぼしきおじさんが一人きりだった。

 もちろん、テーブル席にも誰もいない。 カウンターの中には、小柄なおばちゃん一人、その男と話を交わしていた。












がらがらは嫌やだ
McDonnell
Ballycastle_mcdonnell2_20090613
パブ マクドネル
McDonnell, Ballycastle, Northern Irelamd
2009/06/12 Photo by Kohyuh

 店を間違ったかと思ったが、今さら出るわけにもいかない。

 こういう状況が "話しべた" の私としては最悪のパターンである。

 とにかく、満員の客で溢れかえっていて、私の存在など、どうでもよい、というのが好きである。









 それが、こうも客が少ないと、ますます、何か喋らないと場が白けるのでは、という強迫観念がわいてしまう。

 その窮屈さが嫌なのだ。 こういった場合、本当は、黙ったままでいたいのだが ・・・

 アーニーさんが指差したとき、すぐに分ったというから信じてついて来たのに ・・・ と私は心の中で家内のことを逆恨みしていた。






意外な展開
 仕方なく、いつものようにギネスを注文したのだが ・・・ おばちゃんの接客の仕方が実にうまいのである。 常に笑顔を絶やすことがなかった。 ちょっとした言葉でも、大きな声で、直ぐに反応して返してくれる。


 どこから? 日本の方? どこへ行くの? 今日はどこへ? などと、黙ってなどいさせてくれない。 そして、大声で笑い、次から次へと話題を誘ってくれる。 そのハイテンション振りは、さんまさんの女性版といえばわかって貰えるかもしれない。

 こうなると、お客の多い少ないは、まったく関係ない。 それに、となりのおじさんも加わって、話題がさらに広がっていった。 ここに、こうしていることが、窮屈どころか、逆に楽しくなるから不思議なものだ。

 お客が多ければ、このように、私のことなどかまって貰える筈がない。 いつもの常連客のお相手が優先されるだろう。 ・・・ などと、先ほどの 「私の存在など、どうでもよい、というのが好きだ」 といったことと違う気分になるから、いい加減なものだ。

 誰しも 「注目されたい、かまってもらいたい」 と思うのが本当の気持ちかも知れない。 ただ、その魅力となるものを何も持たぬ身には、逆の思考回路が働くのだろう。

 接客の仕方一つで、これほど雰囲気を変えることができるものだと感心した。 同時に、このおばちゃんはただものではないと思うようになったのである。





 家内の方も、気をよくしたのか、いつもの折り紙を折って見せたら、また、大きな声で一騒ぎがあった。 そして、その折鶴をカウンタの後ろの棚に飾ってくれた。 それ見て、これが潮時と考えて、立ち上がった。


 『今日は、10時から、アイリッシュ・ミュージックのライブがあるから、あとでまた来たらいい。 このお店が入れないくらいに、もう、人でいっぱいになるわよ』 といった。

 いま、お客がいないのに、ホンとかな? と、話半分に聞いていたのだが、もう少し時間を潰せばライブが聴けるとなると、また、来てみようという気になったのである。

 cf. シカゴのバー bar のイメージ






大好評のライブ
 時間つぶしのために、港まで歩いていった。 一本道で坂もなく、意外に近かった。 ホテルの喫茶店でコーヒーを飲んで一服した。 ほろ酔いかげんで気持ちが良かった。 夜も更けて、港町の街灯の灯りが、住宅街とは、また違った雰囲気を醸し出していた。



 頃やよしと、おばちゃんのお店に戻ってきて吃驚した。 本当に、中に入れないほど人で埋め尽くされていた。 椅子に座ることなどとても考えられない。

 私は、もう、常連のような顔をして、人を掻き分けながら入っていった。 カウンタの中には、おばちゃんの姿は見えなかったが、数人の男性が忙しそうに立ち回っていた。 





Live
Ballycastle_live_20090613
マクドネルでのライブの様子
McDonnell, Ballycastle, Northern Irelamd
2009/06/12 Photo by Kohyuh
 奥の方で、ミュージシャンが四人、小さなテーブルを囲んでいた。 ギネスやジュースのコップが置いてあった。

 アコーデオン、バイオリン、ギター、それに、バウロン でのセッションである。

 彼らがまだくつろいでいたので、『記念に写真を撮ってもいいですか?』 とカメラを向けた。








 すると、正面の人が 『あー 恥ずかしい ・・・』 といいながら、バウロンで顔を隠したから、みんな大笑いになった。 セッションは楽しくなりそうだ。



 私たちは、また、また、人を掻き分けるようにして、その近くの奥の部屋に移動したのである。 すると、おばちゃんがお客からお客へと場所を変えながら、それぞれに、にこやかに挨拶して回っていた。







 すぐに、私たちを見つけて、『よく来てくれたわね』 と声をかけてくれた。 どこからか丸椅子を二つ持って来てくれたが、とても座る気持ちになれないほどの混雑ぶりである。 家内だけが腰掛けた。


 お店は、ますます混雑してきた。 それに、人を押し分けるように行き来するのを見ていたら、トイレのマークがあるドアーがあった。 はじめは、なるほどトイレのためかと思ったが、大勢、入って行ったのに、いつまでも出てこないのである。 また、出入りの数が合わない。

 これは、トイレのためばかりではなくて、中庭か何かがあって、タバコを吸ったり、くつろいだりできるようになっていると気がついた。 それこそ、ここが社交場となっているのだろう。

 どんなところか入って見たかったが、ついに、行けなかった。 そういえば、タバコを吸う人は見かけなかった。




 夫婦同伴の人も多くいたし、彼らは正装とはいわないまでも、普段着ではなかった。 もちろん、ほとんどは普段着姿だが、この街の老若男女であろう。


 おばちゃんは、とても忙しそうである。 すぐに、どこかに姿を消した。 今日は、ワインに、ギネスと、いつになく口にしてきたのだが、また、ギネスを飲もうかと家内が切り出してきて、自分で注文しに行った。 そういえば、さっき来たときは、お茶だけだったから ・・・

 後で聞くと、カウンターにいたおばちゃんは、ギネスの代金を一人分しか受け取っていないということだった。 そこまで気を使ってもらうと、おばちゃんに会いたくなっても、次は入りにくいではないか ・・・






 まもなく、ライブが始まった。 次から次へと人が行き来して、それぞれに、話し込んでいたりしている。 みんなでライブを聞いているといった雰囲気ではなく、BGMが流れる社交の場といった感じであった。

 見ると、私のとなりにいる中国人らしき若者が一人、熱心に聞き入っていた。 『私は日本から、あなたはどちらから?』 と声をかけた。 すると、思ったとおり中国からこちらに出張で来ているそうである。

 私は、『もう、10日ほどしたら北京にいく』 というと、彼は、「その北京から来た」 といっていた。 私は、彼が一人でこの店に来ているのかと思っていたのだが ・・・ そうではなくて、周りの英国人らしき人たちと一緒だということが分った。

 北京からこちらに派遣されて、現地の人と商談か、技術支援かなにかの対応に当たっているのだろう。 翌日にも、例の "Central Wine Bar" のライブで彼の姿を見かけた。 声はかけなかったが、今日のメンバーと同じ顔ぶれのようだった。

 中国は、今、このように私の目にも見える形で、世界に進出しているのだろう。 日本も早く気づいて欲しい。 将来がかかっている。




 まだまだ、ライブは続くようだったが、もう、11時半を回っている。 おばちゃんに挨拶して店を出た。










ケンマラ・ハウス Kenmara House (2)
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