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貝の塩ゆで




八幡自然塾日本の鳥旅先の鳥旅先の花木旅先の蝶鳥紀行好酉の世界

 2009/07/10
差し入れの 「貝の塩ゆで」 Home

2009年 6月 8日(月)

 今回のアイルランドの旅 (2009年) は、これまでとは少し違った。 わざわざ鳥観
とりみ のために船に乗り、いくつかの小さな島々に渡ったことである。


 というのも、アイルランドのことを調べていくほどに、パフィン がいるとか、また、渡り鳥の聖域で愛鳥家には知られた島だ ・・・ といったキャッチコピーを多々目にしたのである。

 鳥好きを自認する私は大いに刺激された。 少々時間がかかるから ・・・ などといって、予定から外すことも、まぁ、よくあったことだが、あとになって後悔したくない ・・・ という思いが強くなっていった。


 また、実際に訪れてみると、当たりも外れもあったのだが、それは鳥観 とりみ に関することである。 鳥たちに限らず、出逢いとは本来そんなものだろう。

 そういう意味では、大いなる自然もさることながら、そこに暮らす人たちとの心温まる出逢いが多々あったのである。



 そして、イニシュボーフィン島 Inishbofin Island と言えば、鳥観 とりみ のことより、今では、「貝の塩ゆで」 の差し入れを受けたことが忘れ難い思い出となっている。








§ クレガン Cleggan
 今日 (2009/06/08) は、カイルモア修道院 Kylemore Abby を見て、コネマラ国立公園 Connemara National Parkトレッキング したあと、その近くで泊まる予定であった。

 それが、道に迷うこともなく、事は全て順調に運んだ。 それぞれに、絵に描いたように美しいものではあったのだが、立ち去りがたい気分にさせるものではなかった。


 言い換えれば、大きなサプライズがなかったということになるのだが、どうせこの近くに泊まるのならイニシュボーフィン島 Inishbofin Island まで行こうということになって、ここクレガン Cleggan まで来てしまった次第である。


 クレガン Cleggan はイニシュボーフィン島 Inishbofin Island への船が出る小さな村である。 他に何があるわけではない。




 またまた言い換えれば、この島へ行くもいかぬも、「そのときの都合で判断する」 ということにしていたので、無意識的に先を急がせたのかも知れない。


 その証拠に、フェリーの時間や鳥観 とりみ の情報など、コネマラ国立公園ビジターセンターで入手したのである。

 それによると、めずらしい チャフ Chough がいるというものだから、何種類もある トレッキング・コース中でも、一番短い1時間のコースを行くことにした。


 とはいっても、花やチョウや鳥を観ながらの トレッキング である。 気がつけば、途中で2時間コースの若者たちと分かれた筈が、ゴール前で追い越されてしまった。


 パンフレットによれば、島にはホテルや B&B も数軒あるようだ。 ここからクレガン Cleggan の港まで、1時間はかかるまい。 2時発の便には十分間に合うだろう。









§ イニシュボーフィン・フェリー Inishbofin Ferry
Inishbofin Ferry
イニシュボーフィン・フェリー
2009/06/08 Photo by Kohyuh
 イニシュボーフィン島 Inishbofin Island へは車は持ち込めないことになっている。

 だから、車は駐車場に置いて行くのだが、何しろレンタカーであるから路上駐車とはいかないのである。

 もちろん盗難保険にも入っているが、駐車違反では、被害にあっても保険はおりないに違いない。







 フェリーの乗船券の売り場は直ぐに見つかった。 確か、「インフォメーション」 という看板がでていたように思う。 そこで発券してくれた。

 シーズン中の発着は、朝・昼・夕方の一日3回である。 確か、45分ほどかかるといっていた。 天気は晴れで、日差しはきついが、波風がなかった。






駐車場の形式もいろいろ
 ① フェリー会社が用意している有料駐車場: 一番高いかもしれないがガードマンがいる
 ② 個人の庭などを有料駐車場にしたもの: 港まで距離がある
 ③ 公共の駐車場: 無料のこともあり安いが、フェリー乗客以外でも昼夜立ち入り自由


 どれにするかは自由だが、①②がいいだろう。
 理由は、誰でも自由に入ることが出来ないから安全である。 ただ、①の駐車場が必ずあるというものではない。 ここクレガンの港にはなかったから、レストランが経営している駐車場にした。

 お店に客はいなかったが、すぐにお姉さんが現れ、乗り場はあの岸壁だとか、今日は寒いから何か着ていった方がいいよ、だとか、何かと親切だった。

 料金は一日単位 (24時間制) で、後払いである。 それは当然かもしれない。 船の帰りは当てにならないものだから。




§ 宿探し
 ホテルなら問題ないのだが、安くていい民宿 (B&B) を探すとなると、これが以外に難しい。 車が使えるのなら、走り回って、見た目で確かめることができるだろう。 ところが、荷物があるわ、歩きだわ、では人に聞くしかない。

 港に降り立つと、乗り合わせた乗客のみなさんは、迎えの車が来たりして、いつの間にかどこかに消えていった。

 今にして思えば、クレガン Cleggan のインフォメーション? でも、電話予約などもしてくれたのだろうが、何とかなると思っていた。 ところが、あたりに人がいなくなると、荷物を抱えて、不安になってくるのである。

 一方で、島のホテルは見えているので、最悪の場合はそこに行けばよいという安心感はあったのだが ・・・


 気を取り直して、正面の小高い丘に目をやると、公共施設らしい建物があった。 コミュニティー・センター community center だった。 玄関ホールには、催しもののチラシが貼ってあったり、コーヒーベンダーが置いてあり、自由に飲めるようになっていた。










§ ちゃっかりおばさん
 制服のような、そうでもないような服装のおばさんが数人いたから、誰とはなしに 『近くに B&B はありませんか?』 と声をかけた。

 すると、どこを紹介したらいいのか困惑した顔つきで、お互い見詰め合ってたようだが、その中の一人が進み出てきて、『家 うち にきなさいよ』 という。 『ほら、あそこに見える青い家だよ』 と外へ出て指さした。 おばさんは終始大きな声で、他の誰よりも明るく、また、何ごとにも快活に応えてくれた。

 それほど遠くはないが山道を登らなければならない。 ホテルならこのまま平坦な道を行けば良いし、たいした距離もない。

 私としては、こういったホテルを選ぶのは本来の趣旨ではない。 ただ事務的な出逢いが多いからである。 だからこそ、比べるものが何もない中で、おばさんに賭けるべきかどうか、このときは、まだ、どうしたものかと迷っていた。


 「料金は?」 と聞くと、『40 euro/person』  という。 どうも EU に加盟してから高くなったのだろう、どこも同じようなもので "35-40 euro/person" が相場のようだった。


 ただ、おかしなことに料金はどの宿も相場どおりなのに、今回に限らず、これまでの経験でも、部屋や設備がピンからキリまでだった。

 トイレや風呂が家族共用の場合もあれば、大きな部屋にトイレ、バスタブ、シャワーつきといった一流ホテル並の場合もある。

 ということから、持論である民宿探しのこつは、「いかにも高そうな、外観が大きくて立派なところ」 がよい。 面白いことに、値段だけは協定しているのか、さして変らないからだ。 





 そんなこんなで、部屋は期待できそうになかったから、『あそこのホテルはいくらぐらいかな?』 と踏ん切りをつける意味で聞いてみた。 すると、嫌な顔一つせずに、さっそく携帯電話を取り出して聞いてくれた。 「65 euro/person」 ということだった。

 こうなれば一も二もない。 おばさんの家 うち に泊めて貰うことにしたのである。 そのようにお願いすると、『荷物はここに置いといていいよ。 息子に運ばせるから ・・・ この道を上って行って、あそこに青い屋根が見えるでしょう? そこを左に曲がれば "Lapwing" の看板があるから ・・・ L・A・P・W・I・N・G』



"Lapwing" とは、「タゲリ」 のことであり、今回もアイルランドではよく見かけた。 しかし、鳥好きでなければ、普通、タゲリの存在など知らないのではなかろうか。

 そのタゲリを宿の名前にしているのだから、その由来話をを聞いてみたかったのであるが、ついに果たせなかった。


 また、チャフ のことや、ウズラクイナ corncrake のことを聞いてみると、お父さんがいろいろ本を持っているから聞いておくわ、ということであった。


 確かに、あとで、それらの本や、写真集を見せてもらったのだが、コネマラ国立公園 Connemara National Parkビジターセンターで見たものと同じで、この島のどこで見ることができるのか、といった情報は得られなかった。


 さらに言葉を続けて、『朝食は何時にする?』 『何が食べたい?』 などと、どこでも聞かれることであるが、この場で決めていった。 不足のものは買って帰るのかも知れない。









 lapwing
民宿タゲリ
民宿タゲリ B&B "Lapwing"
2009/06/08 Photo by Kohyuh
荷物はまだ ・・・ 民宿タゲリ
 "Lapwing" は直ぐに見つかったが、小さな看板が無ければ普通の民家である。 海側に広い芝生の庭があり、玄関は車が通れる道路側にあった。

 玄関の呼び鈴を押すと息子さんであろう若い兄ちゃんが出迎えてくれた。 荷物はまだ届いていなかったが、部屋に案内してくれた。

 まず、食堂を教えてくれた。 次にそれに続く廊下を奥へ進むと、途中に扉が開いていた部屋があった。 それを、彼は慌てて閉めたが、そこが彼の部屋らしく、ちらっと、男の部屋らしい雰囲気のベッドが見えた。




 案内された私たちの部屋は一番奥にあった。 部屋は広くはないが小奇麗にまとめられてあり、不足があるとすれば、トイレ (シャワー付) が狭かったというところである。

 案内してくれた兄ちゃんは、それ以後、気配はするのだが、再び姿を見せることはなかった。 このぐらいの年頃の青年の気持ちは痛いほどよく分かる。


 母親から、荷物を運べ、部屋を案内しろ、ステレオはがんがん鳴らすな、などと電話で命令されるのであるが、お客がいる以上逆らえないし、かといって、めずらしい日本人が来たからといって嬉しくもない。 できればやり過ごしたいところであろう。








鳥観 とりみ
 荷物はいづれ届く筈である。 鳥観 とりみ をかねて散歩に出かけることにした。 とりあえず、東端のビーチの方へ行くことにした。 どうせ明日は、荷物を引いてコミュニティーセンターへ帰らねばならない。 近道はないかと思って探しもっていった。



 ちょうど、四叉路の角で農機具の手入れをしていたおじさんがいたので 『この道はどこに行きますか?』 と指差して聞いてみた。 すると、その手をとめて、何やら返してくれるのだが、何を言っているのかさっぱりわからなかった。

 訛りがあるのかと思ったが、このような私の聞き方では、応える方も、どう応えたらいいものか、分からないだろう。 どこへ行きたいのか、その行き先がぼやけているのだから、それこそ 『ローマにだって通じているよ』 と返されても文句はいえない。

 それでも、聞きづらかったが、"ホテル" という言葉が聞き取れたから、『ホテル?』 と聞き直すと、まぁ、それでもいいか ・・・ といった顔で、『そう、ホテル』 といった。





B&B Lapwing の近くから港を望む
B&B "Lapwing" の近くから港を望む
2009/06/08 Photo by Kohyuh





 ホテルへ行けるのなら近道だ。 坂は多少きついが、港に近いし、ということは、コミュニティーセンターにも近いということだ。

 この辺りは草原というか、牧場が広がっているが、柵があるので中には入れない。 車が一台通れるほどの道がある。 そして、教えられた道を辿ると、パブ の横に出た。 ここが、まぁ、島一番の繁華街であろう。 といっても、他に、ホテルとレンタサイクルのお店がある程度である。







インフォーメーション?
 "インフォーメーション" という看板の文字があったので入ってみた。 若いお嬢さんがいたが、どうやらレンタサイクル(貸し自転車)のお店だった。 察するに、"インフォーメーション" というのは、その関連の "インフォーメーション" ということらしかった。

 それでも、イニシュボーフィン島の地図が置いてあった。  "ツーリスト・インフォーメーション" ならば、こういった観光目的のものは、普通は、無料である。 ところが、聞いてみると、有料だった。


 中身を見せてもらうと、それが、なかなかいいものである。 五万分の一の地図とまでは行かないが、かなり詳細なものだった。 普通の観光用の簡単なものではない。 少し高いと思ったが、記念と思って買ったのがよかった。







 ビーチを目指して歩いていると、「アン・マリーの工芸店」 というおしゃれなお店があって、興味を引かれたが、明日にでもと考えて、寄らずに行くことにした。  そのとき、私たちが通り過ぎるのを見られていたようである。 そして、翌日になって、思わぬ出逢いが待っていたのであるが、今は、まだ、知らない。





コーヒーはおあづけ
 一時間は歩いたろうか。 疲れたし、のども渇いたので、喫茶店でもないものかと、探していたら、うまい具合に、"コーヒー" と看板が上がった、小奇麗なお店があった。 めざすビーチはもう眼と鼻の先である。

 これ幸いと、ドアを開けるが誰もいない。 声を上げたが、何の反応もなかった。 どうしたものかと思っていると、突然、横の2階屋の窓が開いて、若い男性が顔を出し、『今日は3時でお終い』 だという。 がっかりした。







おばあちゃんが呼び止めた理由 わけ
 ビーチは眺めただけで、このまま帰ることにした。 同じ道を引き返すのではなく、坂道の方を回って帰ることにしたのである。

 家内は坂道には弱いので、どうしても遅れがちになる。 私は、10m ほど先を歩いていただろうか。 すると、どこからかおばあちゃんが出てきて、私の前を歩き出したのが見えた。

 彼女も、とぼとぼと歩いていたから、当然、私の勢いが勝る。 追い越す形となったのである。 それが、島の人にしては愛想が悪い。 こちらが挨拶をしているのに、ブスッとしたままであった。

 変なおばあちゃんだなと思ったが、まぁ、そんな人も中にはいるだろう。 そのまま三叉路の角のところに来たので、どちらの道を選ぶべきかと、家内を待とうと思ったとき、『おーい』 と、後ろから、呼びとめる声が聞こえた。

 振り返ってみたら、あのおばあちゃんである。 何だろうと思って待っていると、『奥さんが、待ってくれと言ってるよ』 といって、その角の家に入っていった。 いわれるまでもなく、ここで待とうと思っていたのである。

 しばらくして、家内が来たので 『なに?』 と聞いたら、『なにが?』 と逆に聞き返されたのである。 『さっきのおばあちゃんが、お前が待ってくれとゆうとった』 というと、『なにも、そんなことゆうてない』 とのことである。


 それを聞いて、私はすべてを悟った。 こちらでは、旦那が奥さんをほったらかしにして、先を歩くことなど考えられないのである。

 これほど奥さんを侮辱した話は考えられないことなのだ。 『なんちゅことをするねん。 手を引いたらんかい。 あほ!』 と言う代わりに、このように、やんわり注意したのだろう。


 ミソサザイウタツグミホシムクドリロビンハシグロヒタキハジロコチドリマキバタヒバリハジロウミバト などがいた。






夕食はホテルのパブ
 ホテルのレストランではなくて、いつものように パブ pub の方である。 これが私の好みである。 地元の人が利用したり、泊り客でない人でも気軽に利用できるからである。 また、無理してコース料理といったものを食べなくて済むからである。

 cf. ホテルの食事はパブがお勧め



 チャウダースープ(パン付き)、サーモンソテー野菜添え(ニンジン、カブ、セロリなど)、ジャガイモのオーブン焼きを二人でシェアーして丁度よいボリュームである。 例によって、ギネスは欠かせない。



ビルとビール
 面白いことに、食ベ終わった後、家内が 『ビル プリーズ』 と声をかけたら、また、ギネスが出てきたから吃驚した。 bill (勘定書) と beer (ビール) を聞き違えたようだ。

 発音が悪いのであるから、「言った言わん」 のレベルではないだろう。 それにまぁ、食事制限中の私は、頂くだけであるから文句は言わない。






コーヒーを注文したのに ・・・
 以前、フランクフルトの中央駅のレストランで時間待ちをしていたとき、ウェイターが来たから、私は 『Coffee, please』 と注文した。 家内はいろいろ思案していたから、私の分だけ注文したのである。

 次に、家内の番になったとき、同じように 『コーヒー プリーズ』 と注文していたのだが ・・・ 私にはコーヒーが、家内にはコーラが出てきたことがあった。 とても寒い日だったので、がっかりしていたが、これもまた、文句は言えまい。

 cf. アイリッシュ・コーヒー
 cf. コーヒーのこと
 cf. ベトナムコーヒー
 cf. フラッペ








宿のおばちゃんは気づかない
 先ほどから、子供ずれの家族が、ちょっと離れた席だったが賑やかに食事をしていた。 後から加わる人もいたし、乳母車もあったから観光客ではなく、地元の人だとは分かったいたのだが、見覚えのある人がいることに気がついた。 みんな女性ばかりであった。

 それは、タゲリの宿のおばちゃんだった。 ここで食事をしていたのは、私たちと、そのグループだけであったが、気がついていない様子である。

 目が合えばアイコンタクトも取れるのだが、それがなかった。 わざわざ席を立って挨拶に行くのも、おかしいと思って、成り行きに任せていたのだが、ついに果たせなかった。

 いづれにしても、おばちゃんは、家族からも、親戚縁者からも信頼されているのだろう。 じっとしていることがなかった。 何かと気を配り、立ち回っていた。









2009年 6月 9日(火) ・・・ 鳥紀行 2009/06/09 へ

働きもののおかあさん
 約束の朝8時になって食堂へいくと良い匂いがしていた。 頼んでいたアイリッシュ・ブレックファスト Irish Breakfast を調理しているのであろう。

 ホテルでも、B&B でも、アイリッシュ・ブレックファストに大きな差はない。 また、イングリッシュ・ブレックファスト English Breakfast と同じといってよい。

 cf. コンチネンタルと呼ばれる訳




アイリッシュ・ブレックファスト Irish Breakfast
 まず、自分でピッチャーのオレンジジュース orange juice をコップにそそぎ、小深皿に数種類の シリアル cereal 入れて、それに ミルク milk を注ぎいれて、食べ始める。

シリアル cereal ※5
 (穀物を加工した)穀物食品, シリアル 《cornflakes や oatmeal など》

 シリアルの代わりに、ポリッジ を選択できる場合もある。




 
ポリッジ Porridge ※5
 オートミールに牛乳または水を入れて作った "おかゆ" で、英国人は朝食によく食べる。

 
これに、砂糖とミルクを混ぜて食べると美味しいといわれて試したが、絶品であった。





 
シリアル

ポリッジ ・・・ スターリングの宿にて
Staring, Scotland 2009/05/26








 それが食べ終わる頃を見計らって、お皿が運ばれてくる。

 標準的には
  目玉焼き Fried Eggs
  ベーコン Rashers : ベーコン[ハム]の薄切り
  ソーセージ Irish Sausages
  フライド・トマト Fried Tomatoes
  白プディング White Pudding : Pudding はソーセージの一種
  黒プディング Black Pudding
  マシュルーム Mushrooms: 今回はなかった
 が並べてある。







朝食のテーブルと野鳥の本 標準的な温かな料理







 他には
  豆の煮物: 日本人の豆の味付けとは異なので、好き嫌いが出てくるようだ
 などがつくこともある。




 同時に、
  ポットに入った、たっぷりの紅茶
  薄いカリカリに焼いたトースト
  名前は知らないが、それぞれ地方特産パンのスライス
 が欠かさずついてくる。


 面白いと思ったのは、私たちには焼きすぎと思う、このような薄くてカリカリのトーストを、更にもう一度トースターに入れて、それこそ黒こげ状態にして食べている人を何度も見たことがある。

 食習慣とはこんなものであろう。 日本で一般的な、厚切りのふんわりとしたトーストが、世界標準という訳でもなんでもない。





トースト ミルク、ジャム、バター、砂糖







 おばさんは、料理を出すと、『出勤の時間なの。 ゆっくり食べてね。 あとはそのままにしておいて』 と言って出かけようとしたので、支払いだけは先に済ませた。


 ふと窓の外に目をやると、庭の芝生で小学生らしき男の子がサッカーボールで遊んでいた。 下の子供さんであろう。 彼は、私たちが見ていることに気づいているに違いない。 いろんな妙技を披露してくれた。


 このくらいの年頃の子供の気持ちもよく分かる。 本当は話もしたいし、一緒に遊びたい。 好奇心が旺盛なんだ。 ただ、それを自分からは、なかなか言い出せないでいる。 その彼も、学校へ行ったのだろうか、いつの間にか姿が見えなくなった。


 このようにして、私たちが出かけるときには、誰の見送りもなかったのである。 あとで、おばさんから、ゲストブックに署名したか? と聞かれたが、残念ながら忘れてしまった。










§ 親切なタクシーの運ちゃん
 朝食の後、荷物を引いておばちゃんの勤め先のコミュニティーセンターへ行った。 荷物を預かってくれると聞いていたからだ。

 昨日も島の東端まで歩いて往復したが、今日は東端から北の断崖の方へ行ってみようと考えていた。 時間稼ぎに東端までタクシーで行くことにした。

 その旨、おばさんに伝えると、携帯でタクシーを呼んでくれた。 タクシーといっても、バスにも早代わりする赤い小型バス仕様車である。



島の東端にあるビーチ 2009/06/09 Photo by Kohyuh
島の東端にあるビーチ 2009/06/09 Photo by Kohyuh






 昨日も私たちはこの道を歩いていたから、どこかですれ違っていたかもしれない。 それもあって、なぜか、顔見知りのような気がする。 目的地に着くと、あそこのゲートを入って行けば北の断崖へいけると教えてくれた。 また、親切にも、その周辺を走り回って、ところどころに止っては、説明してくれた。

 地図を見せて チャフ を見たいからと、話していたからだが、さすがに観光バスも兼ねる運ちゃんなので何でもよく知っていた。


 小高い丘に止り、
  水平線の向こうに見える特徴ある山を指差して ・・・
  あそこがベネディクト派の教会があったところだとか、
  また、少し移動しては、あれがビーチだ、綺麗だろうとか、
  この道を行けばレストランがあるが、3時には閉まるから気をつけるようにとか、
  数日前に、ここで ウズラクイナ corncrake が目撃されているとか、
  ここで写真を撮ってあげようとか、
  また、ぐるりと回って元のゲートに到る道に戻って、
  "Enjoy the Paradise !" といって
 手を振って送り出してくれた。




 その小道は大きな金網の扉で閉ざされていたのだが、開けて入って行けるそうである。 教えて貰わなければ入ることはなかったであろう。



島の東端北側にある断崖 2009/06/09 Photo by Kohyuh
島の東端北側にある断崖 2009/06/09 Photo by Kohyuh










§ 貝の塩ゆで
 チャフ がいるという島の東端北側にある断崖にはいなかった。 あのビーチを回って帰ることにしたが、もう、そこを曲がればビーチというところまで下ってきたところで、またもや、扉が閉じられていた。

 今度は、ご丁寧にロックが外れないように紐で縛ってあった。 なにか無断立ち入り禁止のサインかも知れないと思ったが、遠くに人影が見え、貝を獲っているようだったので入っていった。 その人のところまで行って、ここに入っていいのかどうか聞けばよいと思ったのである。

 しばらく歩いていると、おばあさんが二人、あとから入ってきていたので問題ないと分かったのである。 要するにヒツジを放牧しているので、逃げ出さないようにしているだけである。

 紐で結わえてあるのは、海岸沿いなので風が強いからだろう。 扉ががたがたと風でゆすられるとロックが外れるかも知れないというほどの簡単な構造だった。



貝の収穫
収穫のおいしそうな貝
 見ると貝を獲っていた男がバケツと熊手のようなものを担いでこちらに向かってくるのが見えた。

 注意でもされるのかと心配になってきたが、知らぬ顔で、こちらも相手に向かって進んでいった。




 声をかけられるほどの距離になったので、こちらから挨拶した。 温厚そうな人であった。

 バケツを見せてもらうと貝がいっぱい獲れていた。 それでも三分の一ほどしか入っていなかった。

 私は、バケツがいっぱいになっても、獲れるだけとるという根性の持ち主であるが、彼にとっては、食べる分だけ獲れば十分なのである。






 私はここに来て、こういうものを食べたかったのである。 そこで、『こんな貝を食べさしてくれるところはありますか?』 と聞いてみたのである。 そうしたら、どこどこのレストランへ行けばよい、という答えが返ってきた。

 ところが、私はそこも、すでにお試し済みである。 要するに、クラムチャウダーであった。 『単に、塩でゆでたものがいい』 というと、困ったように男は黙った。 言葉を待つまでもない、無いようである。



 私のように、獲れるだけとるのではなく、その日の酒のつまみにでもするのだろう。 羨ましいな、と思いつつ分かれたのである。
 








ダブリンから来たおばあさん
 そのおじさんが姿を消したので、いざ私たちも引き上げようとしたら、帰り道が分らなくなってしまった。 どれほど歩いてきたのか距離感がつかめなかったのである。 また、どこも似たような風景なので、まぎれて入口が分らなかった。

 それでも、なんとか見つかったが、要らぬ労力を使ってしまった。 メインの道路に出た所で、杖を持ったおばあさんが独りで腰をかけていたので、『ビーチにいた人達とは、お仲間ですか?』 と話しかけた。 海岸に下りていた連れの人を待っているとのこと。

 砂浜を杖をついて歩くのは難しいだろうと思う。 ただ、連れの人も、確か杖をついていたのだが ・・・ このおばあちゃんは疲れていたのかもしれない。 ダブリンから、毎年のように遊びに来ているという。

 『ダブリンは人や車が多いですね』 というと、『そうなの。 ここは天国よ』 といって微笑んだ。 そういえば、タクシーの運ちゃんは パラダイス と言っていたが、そうかもしれない。








塩ゆでの貝の差し入れ
差し入れの 「貝の塩ゆで」
 例によって、ぶらリぶらりと歩いていると、うしろで人の気配がしたので振り返ると、先ほど貝を獲っていたおじさんだった。

 バイクに乗っていたのだが、全く音が聞こえなかった。 あとで分かったが電動バイクということであった。

 そして、黙ってビニールの袋につつんだコップらしきものを差し出したのである。



 なんだろうと思って、ビニール袋を開けながら中を見ると、透明プラスチックのコップに入った貝のむき身が目に入った。

 そのとき彼は何も言わなかったが、直ぐに、全てを察することが出来た。




 思わず私たちは、うわーっと喚声をあげた。 まったく思ってもいなかったことである。 あのとき私が羨ましそうにしていたので、急いで調理して、ここまでバイクで持って来てくれたのだ。
 



 小さなコップとは言え、むき身だから、収穫の半分以上はあったろう。 このままつまんで食べてもいいかと訪ねると、にっこりと微笑んでうなずいた。 無口な人だったのか、また、どのような言葉を交わしたのか、思い出せないでいる。 実際に、そのとき、私たちはお互い、言葉を発することはなかったのではなかろうか。

 確かなことは覚えていないのだが、あのとき、言葉は不要だったに違いない。 例え、日本人どうしであったとしても、言葉だけでは、気持ちの全ては伝えられないだろう。



オートバイが二人に近づいてくる。
午後の島の放牧場の道は、風はなかったが、その音さえも聞こえるほどに静である。
さらに近づくが、それでも、まだ気づかない。
バイクは電動式だった。
いよいよ、男が声をかけようとしたとき、二人は振り返った。
風を感じたのだろうか。
男は黙ったまま、手に持ったビニール袋を差し出した。
そして、笑顔でうながした。
見覚えのある顔だった。
二人はそれを手にとった。
そして、その中を覗いてみたとき、全てを察した。
二人の喚声があがった。
男もうれしそうに笑顔で応えた。

 cf. 身振り手振りは共通






 一つつまんでみると、これが想像通りの美味さであった。 『塩でゆでただけですか?』 と聞くと、ワインなども使って調理しているといっていた。 美味いわけだ。 そして、彼も知っていたのである、美味しい食べ方を。

 帰りかけようとするのを 『ちょっと待って』 と家内が声をかけた。 彼は、礼はいいよという風に手を振ったのを待ってもらって、バイクの後ろの座席に折り紙を置いて、いつものように鶴を折り出した ・・・










§ アン・マリーの工芸店
アン・マリーの工芸店
アン・マリーの工芸店
 もう、港に近いところまで帰ってきたようだ。 昨日も気になっていたのだが "Ann-Marie's Craftshop" というおしゃれな店が見えてきたからである。

 家の白壁にも、入口のフェンスにかけてあるロゴマークにも、"Ann-Maries's Craftshop" と書かれてある。

 "アン・マリー Ann-Marie" という人にも逢ってみたいし、せっかくだから立ち寄ってみることにした。






 入口にTシャツが飾られてるところをみると、工芸店といっても木彫品などではなく、手芸品を扱っているのだろう。

 窓際に、おばあちゃんが座って編み物をしていた。 どうやらこの人がアン・マリーさんらしい。 と言ってよいのか、そのときは気にならなかったが、アンもマリーも女性名のような気がする。

 そうなると、アンとマリーという姉妹のお店なんだろうか。 それとも、普通に考えて、アンが名前で、マリーというのが苗字なんだろうか。 残念ながら、今となっては分からない。



 店には、手工芸品の中にも漢字をあしらった小物があったりして、ここでも日本ブームなのかと思ったりしたものだった。 『あなたたちはどちらから?』 と聞かれて、「日本から ・・・」 と応えると、いっぺんに打ち解けムードになっていった。

 すると、おばあちゃんのお兄さんが牧師さんで、日本に布教にいっていたという話をしてくれた。 そして、そのまま日本で亡くなったそうである。

 『あなた達は昨日もここを歩いていたでしょう』 といって微笑んだ。 そして彼から貰ったのであろう日本グッズのいくつかを見せてくれた。 意外なところで日本びいきの人に出逢えたのである。

 それでも、おばあちゃんは日本へ行ったことがないそうである。 私たちは、今日の5時のフェリーで帰るからといって、家内が折り紙を折って見せた。

 それと、私が写した桜の写真を絵葉書にしたものをプレゼントした。 おばあちゃんは大そう喜んでくれた。 折り鶴を間近に見たのは初めてのようだった。


 『フェリーといえば、息子がそこで働いているよ。 こんな大きなお腹をして、こんな真っ黒なあごひげだからすぐ分かる』 といってジェスチャーして見せた。








ひげの男
 フェリーが到着する頃になって埠頭は大勢の人たちが、積荷を運んだり、それを積み替えたり、乗客の質問に答えたり、それぞれに忙しそうに動き回っていた。

 その中に、一目でそれと分かるひげの男がいた。 おばあちゃんのジェスチャーどおりであった。 だからといって、『あなたはアンの息子さんでしょう。 きょうお店にいったよ』 などと声をかけることはできなかったのである。



 それが ・・・ 私は気づかなかったが ・・・ いよいよ下船するというときになって、家内に近づき、「母から言付かってきた」 といって絵葉書を手渡されたそうである。 そして、私がその話を聞いたときには、ひげの男の姿はもうなかったのである。






 イニシュボーフィン島にきてよかった。
 忘れられない、多くの人との出逢いがあった。











差し入れの 「貝の塩ゆで」 ・・・ イニシュボーフィン島
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