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白タクにやられた!





 2012/09/12 update
白タクにやられた! スコピエのタクシーにはご用心 次へ

 2008年 5月 30日
 国内外を問わず、客引きをする 白タク には、これまで目もくれなかったのだが、スコピエで被害に遭った。 ギリシャのテッサロニキ Thessaloniki の空港で、レンタカーのチェックインを済ませたあと、マケドニア Macedonia の首都であるスコピエ Skopje まで、鉄道で向かったときのことである。


 昨年発行されたトーマスクックの時刻表では、一日に2本あることになっていた。 いつもながら、宿を決めているわけではなかったので、9:05発-12:30着の列車を予定していたのである。



 それというのも、午後発では、宿を探す余裕が無いと考えたからである。 時刻表では、見かけ上、3時間半で到着するように見えるが、ギリシャとマケドニア Macedonia では1時間の時差がある。 従って、実際には4時間半ほどかかる計算になる。


 ところが、切符を買いに行くと、16:15発の列車しかないというから驚いた。 それでは到着する頃には、日が暮れているではないか。



 口頭だけでは、窓口の人にうまく伝わらない可能性があるので、わざわざ紙に書いて聞いているのである。 それでも、何かの間違いではないかと、再確認の意味で鉄道インフォメーションにも聞いて見たが、答えは同じであった。

 それではバスで行く方法はあるのかと聞くと、それもないと言って、何故かそっけない対応振りであった。






《マケドニアとギリシャは仲が悪い?》
 テッサロニキは、首都アテネに次ぐ、ギリシャ第2の都市であり、マケドニア地方の商工業の中心として発達してきた。

 そもそもアレキサンドロス大王ゆかりの地で、彼の父、フィリッポス2世の墓から発掘された宝物などが展示されたテッサロニキ考古学博物館など、博物館と名のつくものは数知れずある。 いわばマケドニア文化を代表するところであり、そのことを自負もしている。

 ところが、旧ユーゴスラビアから分離独立したマケドニアが、"マケドニア" という名称を国名として使っていることに対して、ギリシャは、今も、反対しているのである。

 行く先々で、次はマケドニアに行くというと、『ここがマケドニアだ』 と言われたものだった。 駅でも、マケドニアに行くというと、そっけなかったのも、便数が減ったのも、そのような背景が影響しているのかも知れない。








§ スコピエに到着したのは日暮れどき
スコピエ近郊
スコピエ近郊 マケドニア
 列車は定刻にテッサロニキの国鉄駅を発車した。 懐かしいコンパートメント方式のもので、途中まで、それを二人で占有していた。










コンパートメント方式
 〔compartment = 仕切り〕
 (一部の列車の客室や喫茶店などの) 区画された座席。 コンパート。

 by Shin Meikai Kokugo Dictionary, 5th edition (C) Sanseido Co., Ltd. 1972,1974,1981,1989,1997







パスポート検査
パスポート検査
 マケドニアに入ったところだろうか、パスポート検査があった。

 外国人全員のパスポートを持ち出し、窓口で名前を呼ぶから取りに来いという。 そんなこんなで、1時間はロスをしたようだ。

 しばらく走ったところで、遠足の帰途であろうか、小学生や中学生や高校生らしき混成の団体さんが乗り込んで来た。 引率の先生の姿もあった。







パスポート検査
仲良しになった子供たち
 ハードケースやら何かと荷物が多かったが、子供達3人と同席することになった。 ときおり引率の青年も入ってきた。 スコピエまで行くという。

 子供たちに折り紙を折って見せたり、また、マケドニア語を教えてもらったりしながら、退屈することもなく時間は過ぎていった。









 ただ、予想通り、列車がスコピエ近郊にさしかかったところで陽が落ちかかったのである。 しかし、駅前にはホテルがあるものと信じていたし、"スコピエに入った" と聞いてからも、駅に着くまで何十分もかかったから、それは大都会であろう。

 スコピエに到着すると、子供たちは、私たちの荷物を引いてくれたりしたから、マケドニアの人々の暖かい心に触れた気持ちがしたものだった。 今回、こうして無理をしてでも、この地を訪ねて見たいと思ったのは、これと同じような経験をしたからだった。








マケドニアの子供たちのこと
 ハンガリーのショプロン Sopron だったか、街を見て回っていたら、子供たちの団体さんにであった。 すると、中の一人の女の子が、一緒に写真を撮ってもいいかと声を掛けてきた。

 もちろんOKすると、わーっと言って皆が駆け寄ってきて取り囲まれた。 私たちとの記念撮影の場になったようである。 その女の子は、私に腕組みして、写真に納まっていた。 引率の先生は微笑みながら様子を眺めていた。




 私は訳が分からなかったが嬉しかった。 こんな経験は初めてである。 家内は、また、取り囲まれながら折り紙を折って見せていた。

 何処から来たのと聞くと、マケドニアだという。 そのとき、マケドニアといえば、むかし、アレキサンダー大王に滅ぼされた国、という風に記憶違いをしていたので、そのことは口には出せないし、また、そんな国が今でもあるのかと不思議に思っていて、応えることが出来なかったことをよく覚えている。

 彼らは私たちが日本人と知って、声を掛けてきてくれたのに対して、応えられなかったのである。 また、滅ぼされたのではなく、アレキサンダー大王の生誕の地であることを、後で知ったのである。








§ 白タクに乗るつもりはなかったが・・・
 子供たちと別れて改札を出ると、乗客はそれぞれの目的地へ散っていったのであろう、今はもう人影は少なくなっていた。 大通りにでても駅舎の周りも薄暗く、ホテルのサインも見えなかった。

 案の定、 白タク の客引きが声を掛けてきたが無視をとおした。 大きな荷物を抱えて、タクシー乗り場を探したが分らなかった。 仕方なく駅舎の一室に灯りが燈っていたので、何をするところか分からないが、ドアを開けて声をかけようとしたら、一見して駅員ではない男がでてきたところである。

 一言で表現するなら、おっさんが出て来たのである。 運悪く、そのおっさんは英語が出来るようで、私たちを見て、『何か困っているのか?』 と声を掛けてきた。

 こうなると、私ならずとも、ホテルを探している旨、伝えざるを得まい。 すると、また、雄弁に喋り出したから、話に乗らざるを得ない。

 ホリデイ・インは近くにあるが高すぎると指を指す。 なるほど遠くにそれらしき雰囲気の明るみが見える。 そして、20-30ユーロも出せば、ホテルは幾らでもあるとまくし立てたものだった。 40ユーロだが、何処そこは ・・・いいよ・・・ などと言っているようだ。

 丁度そこへ、先ほどの客引きが現れ、そのおっさんと大声で喋り出した。 おっさんは、その客引きに、そこのホテルへ連れて行ってやれ、とか何とかいったのであろう、荷物を引いて歩き出したから覚悟を決めた。










§ これが Taxi か?
 小さな車が止まっていた。 確かに屋根には Taxi と書いた看板があり、色もタクシーのようであった。 しかし、小型車というより見た感じは軽自動車である。 案の定、大きい方のハードケースをトランクに積むと、それで満杯である。 私たちはリュックや手荷物バッグを膝に乗せて後部座席に乗るが窮屈である。

 小さい方のハードケースはどうするのかと思ってみていると、先ほどの客引きが、助手席にそれをかかえて乗り込んできた。 ここにいたって、これはやばいことになったと思ったが、今更どうしようもない。 

 その客引きは、私たちの機嫌を取ろうと、陽気に話しかけてきた。 こちらも平気な顔で受け答えしたものだった。


 『マケドニアにはどれ程滞在するのか』 とか、『何処そこはいいぞ』 とか話しかけてくるので、『それは印象により変わるだろう。 次にブルガリアとルーマニアを訪れるが、ここの感じががよければ長く滞在する』 と、彼らへの牽制の意味を込めて応えたりした。

 ほどなくホテルに着いたが、ぽつんと灯りが見えるだけで、周りは如何にも寂しげである。 さて料金はいくらかと聞くと、その金額に対して、家内が反応して首を振った。


 それは、とりあえずにと、駅のATMで下したマケドニア通貨に匹敵するほどのものであったらしい。 口頭では分からないから紙に書いてくれと頼んで、値切り交渉をしたが、応じる気配がない。

 仕方なく、『とりあえず、ホテルまで荷物を運ぶから』 というと、それに応じたところが彼らも人がよい。 私はフロントにその紙切れを提示して、これが駅からのタクシー料金として適切かどうか聞いたのである。



 フロントの男は黙ったまま応えようとしなかった。 すると客引き男は、その数字を鉛筆で塗りつぶし、また、新たな数字を書き入れた。 それでも家内は首を縦に振らなかった。 私は、どの程度が相場なのかさっぱり分らなかったので、成り行きを見守っていただけである。

 そして、たった 2キロほどの距離で、これはないだろうと詰め寄ると、彼はまた、数字を書き換えたので、これが潮時と考え、了解するように家内をうながした。 フロントは、一言も発しないどころか、彼らとグルであると感じたからである。

 金を受け取って引きあげる彼の背中に向かって私は言った。 『マケドニアのタクシーには、悪い印象を持ったよ』 と。 聞こえたのか聞こえなかったのか、彼は黙って消えた。 後でわかったが、どうやら通常の5倍ほどの料金であったようだ。 5ユーロだった。 そして、ユーロで支払った。

 フロントの男は 1euro = 61 DIN (マケドニア・デナール) と書いて渡してくれた。 何も知らないで入国したことに気付いたのだろう。
 


 我々は、そのとき、マケドニア通貨に対する前知識を持っていなかったのがよかったかもしれない。 家内が適当に引き出した金額が、1000DIN であったから、白タク の料金が高いと反応できたのである。 100ユーロほどの値打ちがあると思っていたに違いない。

 もちろん、その後は、ユーロで話を進めたから、次第に様子が分り出したのである。 それが、最初から、大した金額ではないことを知っていたら、また、違う反応をしていたかもしれない。









§ ホテルを出る
 次にホテルの料金をフロントに聞くと、70ユーロだという。 たしか、おっさんは40ユーロといっていたから、それを伝えたら、ホリデー・インは170ユーロすると切り替えされた。 あとで考えると、その程度が相場かな、と思うこともあるが、何しろ、白タク と結託しているという印象があったから、ここには泊まりたくはなかった。

 値引き交渉が決裂したので、ホリデー・インに行くからタクシーを呼んで欲しいと頼むと、断られた。 私は耳を疑った。 『ホテルがタクシーを呼べないのか?』 と聞き直した。 彼は黙っていた。

 仕方なく、荷物を引いて玄関に出た。 近くに大通りが見え、車の通行も多そうだから、流しのタクシーを捉まえることができそうである。

 移動しようと荷物を引いて歩き出そうとしたとき、背後から声がかかった。 タクシーを呼んだから、しばらくそこで待てと。 フロントの男が玄関先まで出てきて声を掛けてくれた。 彼は、タクシーが到着するまで待っていた。

 今、思い返せば、彼は悪くなかったかもしれない。 タクシーの値引き交渉に、ホテルを代表するものとして、加勢することも出来なかったろう。 また、ホテルも悪くなさそうであった。 70ユーロは相場かもしれない。  白タク に乗ってこなかったら、間違いなく泊まっていただろう。









§ ホリデー・イン Holiday Inn (スコピエでは五つ星ホテル)
 ホリデー・インは世界中の何処にでもある中級 (三つ星) クラスのホテルではあるが、スコピエでは五つ星相当の最高級ホテルとして、旅の本に紹介されていたそうである。

 豪華なホテルは分不相応であるが、行きがかり上仕方がない。 呼んでくれたタクシーで、他のホテルへ案内してもらう訳には行かないだろう。

 そのタクシーはホテルの玄関に乗り付けることはしなかった。 ホテル前の道路の端に寄せて停まった。 タクシー代は 白タク の 5分の一程度であった。 チップを上乗せして、100DIN 支払った。

 何か訳でもあるのだろうか。 一流ホテルでは、白タク は入れないのが普通である。 誠実なドライバーではあったが、やはり、その手の車だったのかも知れない。




§ 対策
 白タク に引っかからないようにするにはどうしたらいいのだろう。
 それは、今回の被害にあった原因を見極めることだろう。

 ・到着が遅すぎた
 ・しかも、ホテルの予約をしていなかった
 ・客引きと知りつつ断れなかった
 ・現地の相場を知らなかった






 後日、駅のタクシー乗り場が何処にあるのか確かめに行った。 私たちが出た方の、反対側にあった。 普通、公式のタクシー乗り場 には、正規のタクシーしか客待ちしていないものである。 それが、スコピエでは、ごちゃ混ぜである。

 初めて訪れた人は、どれが正規のものか区別がつかないであろう。 また、そんなものはないかも知れない。 ミニのタクシーは普通に走っているから、それが悪いというものでもない。



タクシーの安全性
 タクシーの安全性で比較すれば、大体のその国の成熟度が測れるものである。 昨年まで怪しかったバンコクのタクシーも、今年は目に見えて安全になった。 危ないと思っていたギリシャが、思ったより安心できた。

 その点、マケドニアは、まだまだである、という印象がある。 しかし、これから、ますます良くなっていくように感じる。 基本的に、活気があり、人がよさそうで、特に、子供たちは希望に燃えていた。

 最後に "どうすれば安心してタクシーに乗れるのか" ホリデー・インのフロントに聞いて見た。 すると、タクシ会社の電話番号を書いて手渡してくれた。 しかし、英語が通じるものかどうかは確認できていない。


 結論的には、到着が遅くなる場合、ホテルを予約しておくべきである。 ホテルに無事に辿り着くことが出来れば、例え、白タク といえども、あまり法外な料金は請求できないだろう。 また、値下げ交渉をするにしても、第三者がおれば、暴力沙汰に発展することもなかろうと考える。


 今、考えてみれば、何だかんだといったが、タクシー代は、どこの国でも同じで、他の物価と比べて極めて安いものであった。 その点、食事代は高すぎる、という印象がある。






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