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鳥紀行 スペイン編 (12)




【12】 05/04/24 (日)  ドライブ旅行 (1) 5日目 戻る|次へ


§ カセレス Caceres (世界遺産) にて
 このカセレスのオスタル Hostal には朝食が付いていない。 また、それが普通である。 オスタルは、スペインのホテル (一つ星クラス) の一形態であるが、ここで利用したのは、モーテルといった方が分りやすいかも知れない。

 実際にガソリンスタンドに併設されているところが多く、今回利用したオスタルは、それを絵に描いたようなところであった。


モーテル motel
モーテル 《自動車旅行者の宿泊所》

【語源】 motor と hotel の混成
By New College English-Japanese Dictionary, 6th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1967,1994,1998




 朝食がなければゆっくりしていられないし、部屋でくつろげる雰囲気でもないので 7:30起床、8:30には チェックアウトした。






§§ 朝食サービスはやってられない
 私はスペイン語で言う バル bar は、英語で言う バー bar と同じだと思っている。 差異があるとすれば、バーは夜のムードで、アルコールが主となるのかも知れない。 一方、バルは朝・昼のムードで、コーヒー&軽食が主かも知れない。


バー bar
1 (酒場・ホテルの)酒場、バー
【解説】
 米国本土や英国では男性客の相手をするホステスを置くバーはほとんどない;
 また英米のバーでは 1杯ごとに代金を払うのが通例

2 (カウンターの前に腰かけて食べる)簡易[軽]食堂
 ⇒milk bar ミルクスタンド 《牛乳やアイスクリームを売る店・カウンター》
  (比較 「ミルクスタンド」 は和製英語)
By New College English-Japanese Dictionary, 6th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1967,1994,1998




 きのう夕食を摂った、このオスタルのレストランも、今朝は閉まっているに違いない。 というのも、開けていては経営が成り立たないと思うからである。

 普通、レストランはオープンした方が、泊り客にとっても便利であるし、また、必ずといっていいほど利用する筈であるから、儲かるのではないかと思うだろう。 ところが、そうではない。

 朝食では単価が安すぎる。 さらに利用者が泊り客だけということになると尚更である。 レストランというものは、一般客も利用できる時間帯にオープンしてこそ、採算が合うのである。

 テーブルのセッティングだけでも手間がかかるし、広い部屋の照明や冷暖房といった諸経費も馬鹿にならなものだ。



 一番の問題は人件費であろう。 オスタルは小規模・家族経営が殆どであるから、従業員が少ないというか、多くは雇えない。 朝早くから 人手のかかるレストランまでやってられない。

 何しろ、早朝から深夜まで休み無しのホテル経営は、担当者のローテーションが必要である。 人間誰しも働き続けることは出来ない。 休みをとる必要がある。

 そのローテーションを組む人材の確保が必要であるが、どれもオスタルの設備とは言え、バルとレストランとフロントに昼夜を問わず人を置けば、人件費がかかりすぎて、中小の企業ではそれが難しいというか、満足に出来ないであろう。




 余談 ; ショッピングセンター
 最近、大規模ショッピングセンターなど、朝早くから夜遅くまで、正月も休まずオープンするのが当たり前のようになってきた。

 われわれ消費者にとっては便利ではあるが、経営者は大変であろう。 とは言っても、大企業店の話ではない。  十分なローテーションが組めないような、家族経営のテナント店の経営者やその家族や従業員の話である。

 というのは、大規模ショッピングセンタでは、家族経営だからといって、休みたいときに休むということが出来ないからである。 それでは、せっかくの、いろんなお店があるということでウリのショッピングセンタが歯抜けのようになってしまう。

 まぁ、私が心配するようなお店は、初めからテナントとして出店はしていないであろうし、また、テナントに応募しても審査落ちするやも知れない。 何しろ、歯抜けが目立つようではショッピングセンタの生命にかかわるから、ディベロッパーの審査は厳しい。


【補足】 ディベロッパー developer とは
 ショッピングセンタを造成・開発する事業者のこと。 ディベロッパーが器 (うつわ) を作り、そこに出店を希望するするテナントを募集する。

 いろんな種類のお店があってこそ、そこに行けば全て事足りることになるから、集客力が強まるものである。 そこで、キーテナント (角となるテナントのこと) として有名デパートなどを入れ、それによって相乗効果を呼びそうな、いろんな専門店を募集する。


 このテナントの誘致、選択もディベロッパーの大事な仕事である。
 




 そんなこんなで、バルとレストランを併用するのではなく、分離しているところが多いのも、このような理由からではなかろうか。 レストランは受付から給仕や調理まで、多人数での運営となるから、長時間は店を開けてられない。 このような状態でホテル内に店を構えると、レストランが閉店のときには折角の雰囲気を台無しにする。





§§ バルのお仕事は一人四五役
 一方バル bar は、レストランと違って、早朝から深夜まで開いているものだ。 これは、ホテルのフロントがいつでも開いているのと同じ理屈である。 利用客を時間帯で絞れない。

 それにオスタルといえどもホテルであるから、フロントデスクは必要であろう。 ならば、早朝から深夜まで開けていなければならない。 だから、この就労形態はバルもホテルも似たようなものである。

 このように似ているのであれば、経費削減が課題のオスタルのレベルでは、バルがホテルでいうフロントデスクを兼ねれば、これを一人で切り盛りすることができるであろう、という発想である。

 だからバルの担当者の仕事は大変だ。 コンスエグラの宿 もそうであったが、バーテンダー、フロント、ベルボーイ、苦情受付、設備の保守・修理はもちろん、時にはウェウターの役まで、独りで何役もこなさなければならない。



シカゴのバー bar のイメージ
  「男性客の相手をするホステスを置く バー bar はほとんどない」 というのを知らないで、それを期待して同僚と二人で行ったことがあった。 シカゴのホテルの中のバーであった。


 私は、話のきっかけにでもなればと思って、ポケットに日本から持ってきた京銘菓である小さな干菓子のおみやげを忍ばせていた。

 米国出張で来ているのであるから喋る相手は、殆ど男性ばかりであるのは仕方がない。 それも仕事の話ばかりで、面白くも何ともない。 要するに、アメリカ美人と対面で、お喋りというか、話のお相手をして欲しかったのである。

 うまい具合にバーテンダーは女性であった。 白いシャツに黒いベストがよく似合っていた。 まさしくアメリカ美人である。 お客か同僚か分からないが、隅の席でカウンタを挟んでお喋りしていた。

 コの字形のカウンターを囲むように椅子席があったが、バーの語源となっているあの bar (横棒) は無かった様に思う。 その一番奥の席に座を占めた。  我々が座ると、彼女は直ぐに注文を聞きにきた。 米国と言えばバーボンであろう、飲めないくせに一つ覚えの、「フォアローゼス オンザロック」 と格好をつけた。

 次に 「どの程度の量か?」 と聞いてくるものと、待ち構えていたが、何ごともなく次の注文に移ってしまった。 これではせっかくの期待した会話が成り立たないではないか。

 友人はビールを注文した。 バドワイザーとか何とか色々銘柄を並べられて困惑顔である。 バドワイザーは飛行機の中で、有料ではあったが、飲んでいたから名前は知っていた。

 ところが、彼はドイツの銘柄だと信じていたというから、米国に来てバドワイザーはないだろうと、他の銘柄を注文したかったらしい。

 ところが早口で喋られては聞き取れないものである。 注文しようにもそれが出来なかったのである。 結局、知っている 「バドワイザー」 の一言で注文は成立してしまった。

 やれやれ、それでよかったのであるが、ものの10秒ほどの会話で終了してしまった次第である。



 しばらくして、お目当ての彼女は、我々が注文したしたものをテーブルに置くと、直ぐに引き下がってしまった。 世間話もできたものではなかった。

 同僚と二人では、直ぐに話も尽きて、場が持たなかった。 それではと、例のおみやげを取り出して、彼女にプレゼントしたのである。

 それはそれで大いに喜んでくれた。 彼女は、その場で包みを開いたので、私はそのお菓子がどんなものか説明をしたのだが、それも束の間だった。 彼女は嬉しそうに礼をいって、また例の席に戻って行ってしまった。



 近くの席には、野球帽がよく似合う金髪碧眼の若者と年配の男が並んで座っていた。 彼らは、物静かに何やら楽しそうに話しこんでいた。 それが実に、この場の雰囲気に合っていたのを覚えている。

 そして、彼女に去られた我々も、また、静かにアルコールを飲むしかなかった。  米国のバーとは、こんなところである。 くれぐれもお間違いの無いように。





 レストランが閉まっているからには、そのままバイバイしてもよいのであるが、それでも一宿の恩義もあろうかと、バル bar を覗いて見た。

 すると、どうも家内は乗り気ではない様子であったから、ここのバルでの朝食は諦めて、他を当ることにした。 私は気が付かなかったが、カウンタ脇に置いてあるオレンジにカビが生えていたという。

 私はオレンジにカビが生えているぐらいが美味いということを知っているが、身体には良くないかも知れないし、嫌がるものを無理に引き止める必要も無い。



 とにかくカセレスに行くのであるからそこで食事すればよい。 昨日、ホテル探しで歩き回った所であるから多少の地理的感覚もある。








§§ カセレスのバル bar
 車で旧市街に深入りするのはやめて、昨日の駐車場に停めて歩いた。 大した距離もなく十分ほどでマヨール広場 Plaza Mayor に着いた。

 ここは、旧市街への玄関口のような場所で、インフォーメーションもあり、目の前に城壁があり、塔があり、旧市街に入る門が見える。

 この門は、エストレーリャ門 Arco de la Estrella (星の門) と呼ばれ、ここから一歩中に入ると、この旧市街全体が世界遺産となっている。

 この城壁に囲まれた旧市街地の広さは 300mx200m というから、1時間も歩けば見て回れるほどのものである。

 それでも、カセレスは 「エストレマドゥーラ の宝石」 と呼ばれているように、まさに、中世の街中を歩いている気分であった。




スペインの世界遺産
世界遺産の名前 地区 種別 登録年
カセレス旧市街 カセレス スペイン 文化遺産 1986年
 
(注) 文化遺産は、普遍的な価値のある記念工作物、建造物、遺跡など。

cf. 《世界遺産 カセレス》 by Wikipedia




 《マヨール広場》 カセレス
《マヨール広場》 塔の右横にエストレーリャ門が見える
カセレス 2005/04/24 Photo by Kohyuh
 マイヨール広場には日曜礼拝のためであろうか、十数人のグループや老夫婦などが、日当たりの良い場所にたむろして、おしゃべりしながら待っている様子である。




















ポルティコ
 インフォーメーションは未だ閉まっているから、先ず朝食をと、バルを探す。 城壁の対面にある建物の ポルティコ にテーブルと椅子が並んでいるのが見えた。 間違いない、バルであった。

 ボローニャ Bologna, IItalia ほど多くはないが、こちらも立派なポルティコ portico であった。 また、このポルティコという呼称は、アーケード arcade と同義語のように言われることもあるが、私のイメージでは全く別ものである。

 アーケードは建物と建物に挟まれた通り道を屋根で覆ったイメージであり、あとで取って付けたように見える。 一方、ポルティコは建物の一つの構造物として、最初から景観と機能性を重視して、構想されたものと思われて、私は好きである。




ポルティコ portico
[建] ポーチコ、柱廊、柱廊式玄関 《円柱または迫持 (せりもち) で支えられた破風 (はふ) 付きの玄関》

【語源】
 イタリア語 portico から; ポーチ porch と同語源
 "porch"
 Ⅰ (建物・教会などで外に張り出した屋根付きの)玄関、ポーチ
 Ⅱ 《米》 ベランダ
By New College English-Japanese Dictionary, 6th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1967,1994,1998



アーケード arcade
Ⅰ アーケード 《屋根付きの街路; 通例両側に店が並ぶ》
Ⅱ 〔建〕 拱廊(きょうろう)、列拱 《建物の側面に廊下のように多くの arch を並べたもの》

【語源】
イタリア語 「アーチ道」 の意
By New College English-Japanese Dictionary, 6th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1967,1994,1998








§§§ どこも同じオバサンたち
 中に入ると意外に広く、カウンタ席とその奥に、テーブル席があった。 テーブル席といってもテーブルクロスも何も無い、ポルティコに置いてあるものと同じものである。

 カウンタには数人のおじさん達が立ったままカウンタ越しにマスターに話しかけたりしている。 いつもの常連客であろう。



 パンとコーヒーを注文した。 ジャムバター付きで、トーストしているものである。 カウンターで注文して支払いを済ませ、それが出来上がるのを待って、テーブル席まで自分で運ぶセルフサービスである。

 出入り口近くのテーブルに陣取っていたオバサン連の話し声がやけに騒々しい。 五六人以上はいたかもしれない。 礼拝に行くのであろう、こちらも常連さんのようである。 なるべく離れた席に着く。

 オバサンたちが集まるとうるさいのは、どこの国でも同じであるが、ここは石造りの建物であるから、それがまたよく響く。 私は耳が痛かったが、先客の常連の男たちは、知らぬ顔で、静かなものであった。


 それが礼拝の時間がきたのであろう、いつの間にか潮が引くようにいなくなった。 それと同時に、その場の急激な音の静まりが、より一層、それを際立たせたのか、耳がつんとした程である。



 その時である、男たちの一人が私たちの方を振り返って、いかにも 『やれやれ、これで静かになったな』 というふうに苦笑いと共に、肩を上げる仕草をして見せた。






§§ 旧市街へ
 朝食が終わって店を出たが、インフォーメーションは未だ閉まったままであった。 ただ、それが開くまで待つ必要性は殆どなかった。  案内本には 「のんびり歩いても一時間ほど」 と書いてあるから、待っている間に見物できる。


 階段を上がってエストレーリャ門をくぐれば、そこは十字路になっており、城壁沿いの左右のどちらかの道を辿るか、正面の道を進むかの選択を迫られる。

 cf. 左の道
 cf. 右の道

 どの道も風情があるが、ここは教会への道を辿るべきであろうか。 正面の石畳の道の先には早くも、サンタ・マリア教会 Iglesia de Santa Maria の鐘楼が見える。


中ではすでにミサが始まっていた。 しばらくの間賛美歌を聞いたり、お説教を聞いたりしていると、つい先ほどバルで出逢ったオバサンたち達のことが思い出された。

 彼女たちも、ここでは神妙にお祈りしているのであろうと、そして、この地で共に暮らす人たちとの連帯感や信じるものに身をゆだねて、静かなる心の高揚を感じているに違いないと思うと、いかにも生活に根付いた教会の雰囲気が肌に伝わってくるのであった。






 教会を出て城壁沿いの道を辿る。











Hostal Pasaron,S.L.
 Ctra.N-630,Km.555
 10195 Caceres
 Caceres

 tel: 927 232 850
 fax: 927 232 850
 

Hostal Pasaron, S.L. 2005/04/23 (泊)
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