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鳥紀行 フランス編 (10)




【10】 2004/04/24 モン・サン・ミッシェル へ 戻る次へ


 cf. 《行程図 フランス編》 参照



§ 2004/04/24(土) ドライブ旅行 4日目
 ここファレーズの空は、珍しいぐらいの快晴であった。 今日は、モン・サン・ミッシェル Mont St-Michel を訪れるから願ってもない。


§§ イビスでの朝食
 初めて利用したイビス Ibis であったが、民宿では味わえないホテルの良さもある。 朝食がいい。 いわゆるコンチネンタルではなく、バイキング方式であるから好きなものが、好きなだけ食べることができる。 イビスは、宿選びの三原則 の他に、この食事のことも、私の評価を上げた。 まさに、車での家族旅行が盛んなフランスならではの感がある。

 普通、民宿では朝食以外は、外食が原則である。 また、特に、エトルタの民宿 のように、本当に民宿と言えるものは、住宅地にあるから、近くにレストランが無いことの方が多い。 旅装を解いてくつろぎたいのに、外に食べに行かなければならないという不便なところがある。



《余談》 民宿で夕食を
 いわゆる本当の民宿でも、夕食を食べさせてくれるところがあった。 英国の湖水地方の民宿で、後にも先にも、このときだけで、他に例が無い。

 いかにも英国の上品なオバサンという感じの人で、部屋とか朝食を摂る部屋部とかを案内してくれた。 朝食は、イングリッシュ・スタイルか、それともコンチネンタルかと聞くと、もちろんイングリッシュだといった。 もし、コンチネンタルであればやめるつもりである。 なにしろ、私の一番楽しみにしていたものであったから。

 早く到着したので、お勧めの散歩コースは? と聞いて見たら、ドライブルートやら、色々と親切に教えてくれた。 職業は何かと聞かれたから、エンジニアだと応えたら、旦那さんも、エンジニアで、アイルランドで仕事をしているという。 何かしら親しみを覚えたものだった。 初めてのドライブ旅行で、初めて泊まる 民宿 (B&B) である。

 荷物も運び終わり、これから出かけようと、階下に下りてくると、丁度、部屋から出てきオバサンと、再び顔を会わせた。 礼を言ったついでに、何気なく、ここで夕食も可能ですかと聞いてみた。 すると、にっこり笑って、もちろん、という。 そして、今日は、「ラムチョップが出来るわ」 といった。 私は本気なのだが、振り返って、家内の顔色をうかがうと、どうも乗り気がない様子である。

 
 聞くだけ聞いておいて断るのも悪いが、仕方がない。 家内が羊の肉が、どうも、なじまないので、近くにレストランがないかと聞き直した。 実際に、羊肉は好まないようである。 すると、少しも嫌な顔もせず、また、親切丁寧に、その場所を教えてくれた。

 どうやら、家内は、ここに来る途中、すでに、そのレストランを見つけており、初めから、そこに行きたいと思っていたようである。

 私は、今でも、事あるたびに、このラムチョップの件を口に出しては、家内をいじる。 外食は、いつでもできるが、民宿での家庭的な夕食は、いつでも経験出来るものではない。 その滅多にない機会を逃してしまったと。

 ところが最近は、相槌を打つようになった。 ラムチョップを口にする機会があって、以外に美味かったようである。 最近は、牛肉も怪しいし、これからは羊肉が流行るかも知れない。 ちなみに、私は、どこか鯨肉に似たところがあって、昔から好きであった。





《さらに余談》 イングリッシュ・ブレックファスト English Breakfast
 ずっと前から、憧れていた、イングリッシュ・ブレックファーストではあったが、それが、期待外れであった。 オムレツやらトマトの煮物やら、豆の煮物やら、ミュンヘナーのようなソーセージが大きな皿に盛られて出て来た。 パンは、食パンの超薄切りをカリカリに焼いたようなものであった。 それに、お茶(紅茶)がポットででてくるから、見るからに豪華で美味しそうであった。

 中でも、私には、ソーセージが特に美味そうに見えたから、一番に手をつけた。 それが、見かけはソーセージであるが、似て非なるものであった。 何というか、まず、肉の味がしない。 要は、蛋白質の味がしない代物であった。 それに、煮豆も、日本では考えられない味付けで、量も多く、完食するのが苦しかった。

 まぁ、欧米の煮豆料理については、似たり寄ったりで、英国だけの問題ではない。 まず、日本人の口に合わないと思う。 ところが、このソーセージについては、欧州連合でも、問題になっていて、ソーセージと称されては困ると言われていると聞く。

 このときは、その様な問題になっているとは知らなかったから、この民宿だけのものかと思って、がっかりしたものだった。 どうしても、本物が食べたかった。 英国で美味いものを食べたかったら、イングリッシュ・ブレックファーストを 3回食べろと言っているからである。

 次の旅先でも気にかかっていたのか、とあるレストランのメニューに載っているのが目に入った。 日本で言えば、めし屋、のような店だった。 イングリッシュ・ブレックファーストが載っていた。

 昼飯のために入ったが、迷うことなく、それを注文した。 美味ければ、また、夕食も食べることが出来ると、喜んだものである。 それが、丸っきり、同じ代物であったから吃驚した。 何も、民宿が手抜き料理を出した訳ではなかった。 それが、英国自慢の朝食であることが分かった。 私は食欲も失せて、このときは、煮豆は、食べ残してしまった。 イングリッシュ・ブレックファーストといえども、3回は、とても無理である。

 英国の名誉のために付加えて置くが、その後、何度か民宿に泊まり、同じような朝食がでたが、それ程には、気にならなくなった。 最初の期待が大きすぎたと言うことだろう。 そんなものだと思えば、暖かい料理でのおもてなしは、いいものである。 ホテルでは食べることが出来ない家庭料理であろう。 惜しげもなく、ポットで出される紅茶は、さすがに英国式である。 それに、ジャム等もカプセル容器のものではない、たっぷりと瓶に入って出てきた。


   cf. コンチネンタルと呼ばれる訳





  §§ ウィリアム征服王
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ファレーズの城 Chateau Falaise Photo by Kohyuh 2004/04/24
 フランスの ノルマンディー地方 は、かって、ノルマンディー公国として独立していた。

 そして、その当主であるノルマンディー公は、フランス王の臣下の地位ではあったが、実力は上で、後に、イングランドをも征服することになる。

 そして、そのノルマン朝イングランドを築いた初代王が、ウィリアム1世 (通称ウィリアム征服王) であり、このファレーズで生まれたと言う。






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ウィリアム征服王 Photo by Kohyuh 2004/04/24
 そういえば、昨日、城塞を見かけたので、イビスで朝食後、すぐチェックアウトして訪ねることにした。

 アングロ・ノルマン様式の城 Chateau らしいが、城壁に登って見回しても、特に印象に残るほどのものはなかったので、早々に引き揚げることにした。

 お城の入り口に近い街の広場に、この ウィリアム征服王の騎乗姿の大きな銅像が立っていた。

 この地、ノルマンディー公国は、本来はフランス王のものであった。 だから、後日、フランス王が、再び、この地を奪回することになる。

 それでも、この銅像が、今も残っているのは何故だろう。 ウィリアム征服王は、いわば敵国のシンボルであろう。

















§§ Pont d'Ouilly
 ファレーズの街を後にして、10数キロ西に向かったところで、小さな村に入った。 大きなトラクタが、のろのろと前を進む後についてしまった。 あまりにもスピードが遅いので、いらいらするが、追い越すには道が狭すぎた。 しばらく進むと小さな橋を渡った。 その橋上から、絵の様に美しい、水辺の風景が眺められた。 そのとき、ここで車を止めて、水辺にでも行きたいな、と思っていたところ、トラクタが左折した。




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景勝地 Pont d'Ouilly Photo by Kohyuh 2004/04/24
 橋を渡りきったところから、街道筋に入るようで、両側に民家が立ち並び、一見、駐車スペースがなさそうであった。

 ところが、トラクタが左折したところは、共同倉庫か何かであろう、小さいながらも車が置けそうな広場fがあった。 これを見過ごす手はない。

 歩いて橋の上に戻ると、近くでは、腰に魚篭(びく)をつけ、いかにも渓流釣りという姿で、釣りを楽しむ人や、遠くには、大勢で、ボート遊びを楽しむ人たちの姿があった。

 橋のたもとに Pont d'Ouilly との表示があったから、村の地名であろうか。 ミシュランにも、その地名が出ていた。 pont は、橋の意味であるから、まさに、その橋の上から眺めていることになる。

 わざわざ村の名前に pont と冠を付けているところを見れば、昔は、余程立派な橋であったに違いない。






 今は、何の変哲もない橋である。 それでも、この辺り一帯は景勝地のようで、ファレーズにも近いことから、バカンス時には、きっと大変な、賑わいを見せることだろう。 








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Pont d'Ouilly からの眺め Photo by Kohyuh 2004/04/24
 もし、あのとき、トラクタの後に付くことがなければ ・・・

 橋の上から眺めた、あの美しい水辺の風景には ・・・

 きっと、気が付かないまま、あっという間に、通り過ぎてしまったに違いない。

 そのように、小さな橋であった。










§§ コンボイのごとく
 Pont d'Ouilly を発ってからは、ヴィール Vire を経て、ヴィルディユ・レ・ポワル Villedieu-les-Poeles から高速道路 A84 に乗った。 走りづめである。 そして、アヴランシュ Avranches を通り過ぎたところで、モン・サン・ミッシェルへの導入路とも言うべき、地方道 D43 へ降りるまで、一気に走り抜けた。

 さらに進むと、道が D75 更に、D275 と変わっていくのが確認できた。 この辺りから、この道を走る車は全て、モン・サン・ミッシェルに向かうのであろう、昔し観た、映画 「コンボイ」 のように、また、バイクも加わり、長く連なって行く。 周りの風景は、あの小さな島のような、また、城のような修道院の姿が、いつ、現れてもおかしくない、干拓地や干潟が地平線の彼方まで拡がっていて、どこが海との境界線なのかも定かではない。


コンボイ convoy  <広辞苑から引用>
 ① 警護。 商船などの護送。
 ② 護送艦。 護送船団。

 それでも、道は、海の方へ直線的に向かうのではなく、点在する小さな集落に沿って行くようで、その風景も現れたり、また、見えなくなったりする。 しかも、コンボイは、細い道を、ゆっくりと進むものだから、それが一層のこと、瞼に浮かぶ、あのモン・サン・ミッシェルの姿が、いつ現れるか、いつ現れるかと、村を通り過ぎる度に、その期待感を募らせるという演出効果にもなっていた。







§§ モン・サン・ミッシェル Mont St-Michel の駐車場
 コンボイの中に身を任せて進んでいると、わずかに米粒ほどの大きさの突出部が、遥か地平線か水平線か分からぬ所に現れた。 初めて見るモンサンミッシェルの姿だ。 突出したところは他には見当たらない。 それが進むにつれ、見えたり隠れたりするが、なかなか近づかない。

 小さな村に入ると、また、色々と分かれ道があり、取るべき進路の選択肢が増えるものだ。 私が先頭車なら、見かけ上の近道を選んでしまいそうである。 結果、コンボイ全体が道に迷うこと請け合いであろう。 先頭車でなくて良かった。

 わざわざ遠回りして、くねくねと行くから、意地悪をされているような気もするぐらいであった。 ところが、コンボイの先頭車の的確な先導のお陰で、米粒程度であったものが、次第に大きくなって見えてきたから、えらいものだ。

 今や正面にその姿を現したが、想像していたような海に浮かぶように在るのではなく、二車線の広い道路が堤防のように真っ直ぐ伸びて、その入り口まで繋がっていた。 満潮でも海底に沈むことはないようである。



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はるか彼方の駐車場 Mont St-Michel, france 2004/04/24 Photo by Kohyuh




 前方の道路上には、車が多くさん駐車していた。 なるべく近いところに駐車したくなるのが人情と言うものであろうが、それが、強制的に、通せん坊されて、堤防の下へ降ろされた。 満潮になれば、海底に沈むような場所だ。 また、えらく遠いところであった。 後で、塔の上から眺めたら、考えられる駐車場の中でも一番遠いところであった。

 最初は、運の悪いことを嘆いたものであったが、それが良かったかも知れない。 いつも感じることであるが、美しい街や城や山にしても、それを遠望する姿が美しいもので、一旦、その中に、身を投じると、それが見えなくなるものだ。 後になって、あの遠望する光景をカメラに収めておけばよかったと、何度思ったことか。 これまで何回も経験していることなのに、ついつい忘れてしまうものである。

 このモン・サン・ミッシェルでも同じである。 遠望する姿が美しいのであって、中に入れば、どこが何処やら見当が付かない。 ましてや、礼拝堂がどうのといっても、特別、変わるものではない。 広角レンズなしに、全景が綺麗に収まる位置であった。

 もし、車で玄関まで乗り付けていたら、この美しい遠望も、カメラに収めることは出来なかったであろう。 また、堤防沿いの海辺を舞うオオカモメを観ることも無かったろう。 もちろん、出来なくはないが、歩いてこの位置まで、引き返さなければならない。 ところが、人間は、少々の事では、何事も、引き返せないものではあるまいか。

 結婚式を挙げる車であろう、空き缶やらを紐で引くように、また、リボンとか、派手に飾りつけした車が、玄関口に並んでいた。 これらの車が、優先的に、ここまで乗り入れを許されていたのであろう。







鳥観 とりみ 2004/04/24
 Pont d'Ouilly では、屋根の上に ホシムクドリ がいただけであった。
 モン・サン・ミッシェルでは、オオセグロカモメと、オオカモメがいた。

Okamome
オオカモメ
モン・サン・ミッシェル フランス
Photo by Kohyuh 2004/04/24
オオカモメ
分類       チドリ目 カモメ科
全長        L75 W162 cm
学名       Larus marinus
英語名      Great Black-backed Gull




 翼の黒さから見て、セグロカモメ ではなく、オオカモメと思う。 口紅をつけたような嘴の赤いポッチも同じだし、大きさを比較するには、二羽を並べて比べないと分からないし、残る手が、翼の色に頼るしかないからだ。




 駐車場からモン・サン・ミッシェルに通じる道脇に、休んでいるものや、飛んでいるものが、いた。 頭上近くを飛ぶとかなり迫力がある。


フィールドマーク
 ・黒い翼 (wings) と襟羽 (mantle)
 ・白い頭部と腹部
 ・黄色い嘴と赤いポッチ (red spot)
 ・ピンクの脚
 ・黄色い眼








§§ モン・サン・ミッシェル Mont St-Michel の伝説
 モン・サン・ミッシェル Mont St-Michel の名前にある Mont は 「・・・山」 とい意味であり、フランス語では、モンと発音する。 確かに、山のような外観である。 実際に、元は、陸続きの森の中の山であったらしい。 それが、津波で切り離されて、今のように島になったという。

 また、St は Saint を略記したもので、聖 《聖人の名に付す》 を表すものである。 フランス語では、サンと発音するようだ。 そして、その聖人と言うのが、ミカエル Michael のことであり、これをフランス語読みして、ミッシェル Michel ということになる。 そう言えば、ミッシェルとか、マイケルという名前をよく耳にするが、この大天使ミカエルに由来しているのであろう。



Michael
 (1) マイケル 《男性名; 愛称 Mickey、Mike》
 (2) [St. ~] 〔聖〕 大天使ミカエル
by New College English-Japanese Dictionary, 6th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1967,1994,1998


 今日、通過してきた、アヴランシュ Avranches の司教であった聖オーベールの頭蓋骨が、このモン・サン・ミッシェルに遺されている。



 『言い伝えによれば、その頭蓋骨に、ぽっかりと空いている穴は、1300年ほど前、大天使ミカエルが降臨した証であるという。

 ミカエルは、オーベールの頭に指を突き立て言った。 「あの岩山に我が名を讃える聖堂を建てよ」 と。 すると大地は海へと変わり、岩山は水に浮かぶ島となったという』
 《ソニーの世界遺産シリーズから引用》


 大天使ミカエルの像は、右手に持つ剣を掲げた、若き戦士の姿で、尖塔の最も高いところに立っていた。 背にある翼を広げて立つ姿を見れば、人間ではなく、天使であろうことが直ぐに気がつくに違いない。









§§ 迷路のような街
 モン・サン・ミッシェルは、単なる修道院 Abbaye ではない。 城塞都市と言った方が良いだろう。



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モン・サン・ミッシェル Mont St-Michel, france Photo by Kohyuh 2004/04/24






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門をくぐれば大通り Grand Rue
Mont St-Michel, france Photo by Kohyuh 2004/04/24

 門をくぐれば、 大通り Grand Rue という、大きくもない、裏通りといった感じの道が続いている。

 少し道を辿るだけで、私は、方向感覚を失くしてしまう。

 単純に螺旋状に巡るものと思っていたら、スイッチバックするように巡る時もある。

 また、建物の中に入って、ぐるぐると部屋を見て回ると、まるで地下街にいる様である。

 ただ、人の流れに身を任せているだけであった。

























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まるで要塞の様子
Mont St-Michel, france Photo by Kohyuh 2004/04/24

 土産物屋あり、レストランあり、ホテルありーの、いわば小さな都市が、堅牢な城壁で囲まれて、また、海という天然の要塞に囲まれて、外敵の侵入を防いできた。


























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干潟の風景 Mont St-Michel, france Photo by Kohyuh 2004/04/24






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広いテラス Mont St-Michel, france Photo by Kohyuh 2004/04/24

 いつしか、最上層部であろうか、広いテラスに到ると、視野が開けて眼下に干潟の風景が広がり、気分も広がるような心地になる。 ここから礼拝堂に入るような仕組みになっていた。 更に、回廊庭園へと通じている。



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回廊庭園 Mont St-Michel, france Photo by Kohyuh 2004/04/24


 更に、その北側、即ち、海側には、修道院にはなくてはならない、僧院と回廊庭園がつながるようにして在る。 その美しい中庭の植え込みと青空を眺めながら、瞑想に、思索に、ふけったのであろう、なるほど、この島の中でも絶好の場所となっていた。









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ステンドグラス
Mont St-Michel, france Photo by Kohyuh 2004/04/24

 ここの礼拝堂は、大きさこそ広いがステンドグラスにしても、何事でも、全体的に質素な造りで、色鮮やかなものではない。

 修道院であるからかもしれない。



























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食堂
Mont St-Michel, france Photo by Kohyuh 2004/04/24

 それに引き換え、修道僧たちの食堂は、礼拝堂の下になるのか、薄暗くて侘しい感じがした。

 大体、欧米人は薄暗いところが好きなようで、特に米国は、暗闇のような食堂が多い。

 食事そのものより、ムード作りによる会話の方を楽しむことに重きがあるのかもしれない。


























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見渡す限りの干潟 Mont St-Michel, france Photo by Kohyuh 2004/04/24

 随所にある、城壁の上とか、屋上から眺める海は、丁度、潮が引いて、所々に潮溜まりが見えるだけの、見渡す限りの干潟が広がっていた。 その潮溜まりに人影があった。 遊びに出かけたのであろうが、見ている方が気持ち悪くなる。

 砂漠の中にいるようで、ニ三十分は歩かなければ行けないような場所であった。 潮が満ちてくればどうするのか。 今のような堤防道路が無かった頃は、潮の干満の目測を誤って、巡礼の人が多くさん死んだと聞くからだ。 それに、先述の世界遺産のテレビで、潮が満ちてくるところを観たが、かなりスピードが速そうであった。








§§ レンヌ Rennes のイビス Ibis へ
 モン・サン・ミッシェルを見終わったのが午後5時ごろであった。 そろそろ今日の宿を探さなければならない。 もちろん、この中にもホテルがあるが、それは目的外である。

 朝日であろうか夕日であろうか、それを背景に浮かび上がるこの修道院のシルエットをテレビで見たことがあるが、それは綺麗であった。 それを見るなら、この近くに宿を取るのが良かろう。 ところが、今日のコンボイで見てきた限り、民宿には気がつかなかったし、一方、出来るだけ先へ進みたいという気持ちもあった。

 次の訪問地はロアール地方の古城街道である。 なるべく、その近くとなれば、レンヌであろうか。 それに、レンヌまで行くことができれば、勝手知ったるイビスがある。 それを滑り止めに、道すがら、いい民宿を探すというのが良かろう。

 レンヌまでは、60キロほどであるから、2時間もかかるまい。 それに、国道 N175 を辿れば、一本道であるから迷いようがない筈であった。 そして、確かに、レンヌまでは迷わずに来た。

 来たが、民宿もなかった。 仕方がない、あとは、イビスを探すことに専念するだけだ。 また、それが出来るところが、イビスのいいところであろう。 地図が付いている。  それが中々見つからないので困ったのである。





見つからなかった訳
 イビスの案内書では、ショッピングセンタのカルフールの近くにあることになっている。 そのカルフールの駐車場に止めて、今、地図を確かめている。 近くなら、看板なりが見えてもよい筈である。 何しろ、イビスの看板は道路から、よく目立つように作られていたからだ。

 地図に示された方向に向かうと、道が途中から、工事中なのか、急に悪くなり、その先に見える風景も、がらんとした空き地が広がるようで、車の往来も急に少なくなり、カルフール界隈にあるような賑わいもない。

 これは、おかしい。 地図にある距離感では、こんなに遠くではない筈である。 間違ったかも知れないと、Uターンした。 再度、繰り返すが、同じ結果であった。 後になって分かったが、要するに、案内の地図では、紙面が限られているから、距離感まで表現することは無理である。

 ホテルの在る場所により表記方法は、交差点の数とか、ロータリーの数という具合に異なるであろうが、レンヌの場合ロータリーの数で表現されていた。 それを交差点の数と間違った。

 この隣のロータリーに到る距離が、想像を超える長さだったことと、風景の急変が引き金となって、Uターンを繰り返すこととなった次第である。 そのまま素直に進んで行けば、直ぐに見つかった。


 イビスで特筆すべきは週末料金 Weekend prieces であろう。 金曜日から日曜日は割引してくれる。 割引率は場所や時季によって変わるが、ホームページやイビスの冊子に記載されているから参考にされたが良い。 このレンヌは土曜日だったから







§§ イビス Ibis のレストランも色々
 今日の夕食は何処で食べようかと迷っていた。 昨日は、イビスのレストランにしたから、今日は、何処か違う所にしようと思って、カルフール界隈に出かけてみた。 いわゆるショッピングセンター街である。

《余談》
 茨木だったか、日本初上陸とかいって、カルフールがオープンしたときに行ったことがある。 馬鹿でかいことは、本場のフランスでも同じであった。 まぁ、一種のアトラクションのようなものであろうが、ローラースケートで店員が走り回るのも同じだった。

 しかし、豊富な品揃えではあるが、日本に合わないだろうなと感じていた。 そうしたら、案の定、いつの間にか、つぶれてしまっていた。

 同じシステムを持ち込むだけでは、日本の流通業界の厳しい競争というか、複雑な流通システムというか、その熟知なくして成功するわけがない。

 しかし、私はカルフールが好きであった。 経済原理では失敗だったかも知れないが、消費者にとっては、そんなこととは、全く別ものである。

 売れ筋だけの品揃えでは、だいいち、見ていて面白くも何ともない。 ところが現実は、そんなに甘くはない。 残念ながら、大型化が進めば進むほど、この経済原理から抜け出せなくなるに違いない。




 このカルフール界隈は、喫茶店やらレストランやら、数知れずあった。 それでも、メインが買い物客目当てのものであろう。 どうも、夕食を摂る雰囲気ではなかったから、イビスに戻ってきた。 というのは、昨日もイビスであったから、それと比較できるというものだ。 どの程度のものか知っている分、イビスのレストランの方に軍配が挙がったと言うわけである。

 昨日のイビスとは違って、ホテルの中のレストランは、朝食専用のようであり、閉まっていた。 外に、ホテルと併設するようにして、レストランがあった。 泊り客だけではなく、一般の人も利用できるスタイルであろう。



イビスのレストランもいろいろ
 イビスの案内書を見ると、色々な系列のレストランが入っていることが分かった。

 昨日のファレーズのイビスは、Restaurant "Ibis" であり、今日のレンヌは、Restaurant "Courtepaille" と言う具合に、全部で、5系列あるようだ。

 それぞれ、立地条件により、喫茶・軽食を狙ったものから、郷土料理を提供するものまで、色々ある。

 Restaurant "Ibis" は、泊り客向けの、イビス直営店ということであろうか、イビスの客層に似合った、感じの良いものであった。

 一方、Restaurant "Courtepaille" は、泊り客だけでなく、一般の人も利用するから、品数も多いのであろう、ファミリーレストラン風とでも言えようか。

 イビスのホテル自体は規格化されているようで、設備や備品のレベルはどこも遜色ない。 ただし、レストランについて言えば、色々であり、美味いもの狙いや、雰囲気を狙うのであれば、当たり外れがあるというものである。



 また、イビスで特筆すべきは週末料金 Weekend prices というのがあって、金曜日から日曜日にかけての宿泊には割引がある。 場所や時季によって割引率は変わるが、ホームページやホテル一覧小冊子にも料金が表記されているので、見ておいて損はない。







〔Ibis Rennes Cesson 泊 2004/04/24〕
http://www.ibishotel.com/ibis/fichehotel/gb/ibi/0471/fiche_hotel.shtml
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